都心部には、案外暗いエリアが存在していますが、護国寺界隈は都心の暗部エリアでも相当にハイレベルな場所と思われます。特に夜になると街灯も少なく、小篠坂ないしは日出通り(夜中にこの通りを歩いて日出というネーミングに思い至る人など皆無ではないだろうか)と呼ばれる通りは自動車の往来は激しいけれど、人の姿を目にすることはほとんどなかったりします。そりゃまあ護国寺と雑司が谷霊園という都内でも有数の墓地に挟まれた通りなのだから寂しいのは当然のことかもしれません。寂しいにもかかわらず、雑司が谷霊園を暗闇にジョギングする人や通り抜けする人がかっぱらいに遭ったといういう話は余り聞いたこともないから、これは日本の治安の良さというよりは、余りにも人気がないからかっぱらいが狙い目とすることもないというのが正しそうに思えるのです。でもこういう暗部にも酒場が存在するのです。住宅がそれなりにあるから住民もそこそこ存在するのでしょうが、住民だけで酒場が成立するのはなかなか困難に思えます。それこそスナックなんかだと辛うじてやっていけそうにも思えますが、純粋な居酒屋ではかなり商売として厳しいのではないだろうか。そういう謎めいたところがあるから、こうした場所にある酒場がぼくの好奇心をくすぐってやまないのであります。
ということで今回訪れたのは、「居酒屋 六角牛」です。以前、すぐそばの「焼鳥屋 いいね」というテイクアウトメインで店舗の一画が立ち呑みになっているお店にお邪魔したことがあります。その脇の細い路地の蕎麦屋「松栄庵」にもお邪魔しています。でも「居酒屋 六角牛」のことはずっと気になりながらもなかなかお邪魔する機会がなかったのです。というのもこの辺を歩くのは大概そこそこ酔っ払っている時が多くて(こんな暗く寂しい通りを酔っ払って千鳥足で歩くのもどうかと思うけど)、なんとか池袋駅まで辿り着こうと思っているから、さすがにこんな半端な場所でゆっくりと寄り道している暇などなかなかお膳立てできぬのでした。この日はどうにも気力が湧かない割に未知の酒場に行きたい気分が高じていたことから、近頃10数年のブランクを置いて仲良くしているK氏と一緒になったので、伴って出向くことに決めたのです。家の方向が同じということもここを訪れるきっかけではあったのです。ということで見慣れてはいるこの酒場の戸をいよいよ開く時が訪れました。ガラリ、と開いた先に待ち受けていたのは、まるで家じゃん、だったのです。いやいや、内装はごちゃついてはいるけれど居酒屋の体裁を一応は保っているのです。普通の居酒屋と比較して"家じゃん"ってなったのは、客たちのそのリラックスぶりにあったのです。だって、ちょっと若い人はカウンターと一体になった小上がりで横たわってテレビを見ているんだからね。初老の方は座ってはいるけれど、明らかにくつろぎ切っているし、店の女将さんは一応カウンターの中にいるけれど、やはり少しも商売っ気がないのです。ここが居酒屋でなければ、このお三方、両親とその息子にしか見えないんです。そんななのに未知なる客のわれわれもあっさりと受け入れてくれるのが面白い。品書きはなくて、女将さんがお通しにポテサラを出してくれました。あるものなら適当に調理して出してくれるようではありますが、まあ酒が呑めれば文句はないのです。で、かなり独特なこの雰囲気でありますが、すぐにわれわれも馴染んでしまって、案外心地良く思ったよりも長く過ごさせてもらったのでした。まあ、こういう商売っ気なしの酒場ってたまにあるんですよね。そしてこれはこれで悪くなかったりするんですね。