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2019.12.31
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カテゴリ:UCI、サンク
​サマリア人氏記事『2枚目の石版」を隠蔽する教理研究院は万死に値する』冒頭から私の記事「日本元老メンバーがシナイ山(清平)から持ち帰った1枚の石板」が取り上げられていました。
真の父母様公式サイトの一文から、私個人が比喩して「一枚の石板」と書いたものでした。もしも「一枚の石板」に疑問をいだかれるのであれば、私tomy4509に向けられるべきと考えます。

サマリア人氏記事引用から:
​​表面的な言葉は抜きにして、聖和後のオモニからは一貫した霊的波動が感じられます。
「お父様は私の真価を知らなかった。だから遅ればせながら独生女自ら真実を明らかにするのだ。
お前たちはずっとお父様を慕っていたから、戸惑う気持ちは分かる。
でもいまここではっきり決めないといけない。
お父様とお母様のどちらが正しいか、いまここで選びなさい」と。

「2枚目の石版」を隠蔽する教理研究院は、独生女から死刑を宣告されることになるでしょう。​​
サマリア人氏、お母様が上記のような選択肢を強要されたとでもいうのでしょうか?
このように書かれるサマリア人氏は「真の父母様の不一致」を前提条件として書かれているものであって、教理研究院は「真の父母様最終一体」と食い違っています。
特には、教理研究院は2019年8月9日に出版した、「虚偽に満ちた金鍾奭著『統一教会の分裂』—軌を一にする郭錠煥著『事必帰正』」からの「第三章 「韓鶴子の不従順」の誤り-十八のみ言の検証」を挙げては「真の父母最終一体」を否定するような虚偽(裏面)を表面にひっくり返して正したものでしたが、総じてサマリア人氏からは横槍を入れてはそれを再び裏がえそうと(隠そうと)しているようにも見えました。一つの例としてですが、私の過去記事「善きサマリア人氏の「算数の論理学」は間違い?!」にてサマリア人氏の引用(改ざん?)にも疑問を投げかけたりもしていました。

さて、私からの「一枚の石板」もまたその研究院の見地からであり、堕落のないエデンの園では石板は二枚も必要としないことを意図して書いたものでした。三大祝福からも「個性完成」の次には「家庭完成」です。
モーセ路程、原理講論P.372からは、
​​​​モーセが「四十日サタン分立期間」をもって、み言を記録した二つの石板を手にしたということは、サタンの世界から、失ったアダムとエバとを、象徴的なみ言の実体として復帰したということを意味するのである。したがって、み言を記録した二つの石板は、復帰したアダムとエバとの象徴体であって、将来、み言の実体として来られるイエスと聖霊を象徴したのであった。……このように、二つの石板はイエスと聖霊とを象徴するために、結局は、天と地を象徴することにもなるのである。​​​​
​と二枚の石板ですが、十戒は何故2枚の石板に分けて書かれていたのでしょうか?
サマリア人氏が「石板が2枚」であることを認められるというのであれば、復帰されたアダム(独生子/独り子)のみ言と同様に復帰されたエバ(独生女/独り娘)のみ言もあって然るべきです。ここにおいて、「独生女」であるお母様からのみ言も否定することが出来ないという結論になります。
さらには、蕩減時代が終わり「天一国時代」です。二人の人が一つで暮らす時代です。石板が2枚必要としますか?
キリスト論P.265からもまた、
​イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)を為さるのである。​
とも書かれていました。
この天と地をも象徴する石板ですが、​創造原理からは「無形実体世界と有形実体世界」もバラバラであってよいでしょうか?
これが、私が「一枚の石板」と書いた理由です。私のそれが間違っているというのであれば、サマリア人氏は、私にその具体的な間違いについての指摘をしていただければ幸いです。

ところで、サマリア人氏記事からは有志の会からの「祝福家庭の兄弟姉妹へ 真実を告げる共同声明文」も挙げておられましたが、教理研究院とは別に、個人的には逆に疑問をいだいていたものが少なからずありました。サマリア人氏は私から見ても「先の者」にあたる方と存じていますので、その疑問にも快く答えていただけるものと思います。



原理講論には何十回読んでもお父様がどのようにお生まれになったかは書かれていません。
私たちが聞いてきた「主の路程」からも、16歳のときにイエス様から召命を受けられた、という話は聞いてきましたが、どのような経緯で無原罪でお生まれになったかの説明はまったくありませんでした。
その裏の話でもおありでしたら是非公開していただけないでしょうか。

また、キリスト教の「小羊の婚宴」の預言についてはお父様み言葉からも見ることが出来ますが、お母様も1960年が「小羊の婚宴だ」として「真の父母」の位置に進み出られたと語られています。万が一、これが「小羊の婚宴」でないとするならば、黙示録の預言が成就していないということであり、別の再臨主を待たなければなりません。当然のことながら、三男さんにも「後継者である」という理屈は成り立ちません。

私tomy4509「後の者」からの素朴な疑問ですが、「先の者」サマリア人氏ならお応えが可能かと存じます。よろしくお願いいたします。


一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

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最終更新日  2019.12.31 10:52:32
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