<2>よりつづく
「私が愛した本」 OSHO <3>
たとえニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」のほか何も書かなかったとしても、彼は人類にこの上もなく豊穣な貢献をしたことになっただろう。誰にも、これ以上を期待することはできない。ツァラトゥストラは、ほとんど忘れ去られていたのだから。彼を連れ戻したのは、彼に命を与えて復活させたのはニーチェだ。「ツァトゥストラはかく語りき」は、未来のバイブルになるだろう。p9
私は「ツァラトゥストラはかく語りき」を愛する。私が愛する本はきわめてわずかだ。指で数えられるほどだ・・・・・。
「ツァラトゥストラはかく語りき」が私のリストの最初の本になるだろう。p12
「ツァラトゥストラはかく語りき」とくれば、もうあとはどうしても映画「2001年 宇宙の旅」で流れたリヒャルト・シュトラウスの同名の曲を思い出す。このほか、Oshoはさまざまな講話でニーチェに触れている。
フリードリッヒ・ニーチェは、自分の最上の本を、自分が死んでから出版するようにとっておいた。私はすでにニーチェの本を一冊数え上げている。「ツァラトゥラスはかく語りき」だ。だがこの「権力の意志」の前では、あの本さえも色あせてしまう。これは体系的に書かれた哲学論文ではない。それは単なる金言、寸評にすぎない。読む者がそのつながりを発見しなければならない。読者が読めるようには書かれていない。それゆえ、この本は出版されてはいても、あまり読まれていない。p104
Oshoはこれこそがニーチェの魂のエッセンスそのものだ、と絶賛している。そして、それを理解することは、それを超越することでもある、と述べている。
<4>につづく