もともとは、夫の行き付けの床屋さんが猟をするために飼われていたセナ君。
あまりにも優しく甘えん坊のためか、獲物が打ち落とされた後も
他のワンコたちと共に走らず、飼い主さんにぴったりとくっついていたこと、
飼い主さんの奥さまが、何故かセナ君だけにアレルギーが出てしまったことで
ご縁あって我が家にもらわれてきたワンコでした。
床屋さんにもらわれる前にも、生後一年間ほど他所で飼われていたそうですが
三人目の飼い主である夫に好くなついていました。
エサと散歩のお世話をする私と並んでいても常に、第一はこの人、という瞳を
夫に向けていたセナ君。
終の棲家、安住の地を与えてくれたのは誰なのか、よく知っていたのだと思います。
霊園から帰る道すがらも、車の後部座席にいる子供の横に
「どこにいくの?お家に帰るの?」と好奇心いっぱいで尻尾を振る姿が見えるように。
家に着き、居間でしんみりしていると
一匹の小さな、蝿のような虫が現れて、夫の周りにくるくるとまとわりつきました。
「きっとセナ君なんじゃない?」子供と私がからかうと
「セナ君は蝿じゃない!」とナーバスになっている夫。
「安芸之介の夢」のように、蝶などの虫になって戻ってくることもあるとしたら、
またそれはそれで温かい気持ちになれるように思いましたけれども
そのときはそのままになりました。
それから数日後、ボランティアで小学校で読み聞かせをするために
松谷みよ子さんの「日本の昔ばなし」の中から選んでおいた
「天の庭」というお話を読んでいると、先回読んだときには気づかなかったことが
心に残り、夫に伝えます。
「今ね、読み聞かせの本を読んでいるんだけど
亡くなった妻を取り戻した夫が、天の庭の王からもらった袋を開けたら
『一匹の蝿が飛んで出た』という文章があったの。
その蝿が妻だったんだけど、この間の虫も、やっぱりセナ君だったんじゃない?」
「実はね、次の日に車の中にもあの蝿がいたんだよ。
少し飛んで、後はじっとしていたんだけど、追っても窓から出て行かないんだ。
叩いたりしなくてよかったよ」
「ベッドの近くにも、じっと動かない蚊がいるよ」と受験勉強しながら話を聞いていた子供。
「それは、寒いからじっとしてる蚊☆」夫婦ですばやく突っ込みます☆
(霊園に行った日に試験のあった学校には、無事受かりました。)
文学に関する様子といえば、もうひとつ。
「枕草子」に翁丸という涙を流す犬の話が出てくるのですけれども、
介護の最中、セナ君は何度も何度もぽろぽろと泣いていました。
目がほとんど見えなくなっていたのと、寒かったこともあると思いますが
本当に大粒の涙を流し続け、ふらふらになりながらも、精一杯歩き、食べ、
最後まで生き抜こうとしていたセナ君でした。
介護日記は3日で終わってしまいましたが、
老いとは、病とは、生死とは、家族とは何かについて考えさせてくれ、また
温かい感情を残してくれた彼女に、心から感謝しています。