自転車で和光市北部を回る
ホームページ「私家版さいたまの石仏」はこちら朝霞市の次は和光市です。朝霞市に住んでいた頃は車で高島平へ出たり、川越街道を使って池袋方面に向かうときに通ったり、それなりに土地勘はあったのですが、当時は石仏などに関心がなかったもので改めてゆっくりまわってみると、全く新しい景色が見られてとても新鮮な気分でした。今回和光市の石仏探しの参考資料は「和光市史 民俗編」昭和58年発行です。850ページほどの資料ですが、最後の100ページほどを「付録 石塔・石仏」として、庚申塔、地蔵菩薩、馬頭観音などそれぞれしっかりした地図が付きわかりやすい構成になっています。700ページに及ぶ本編のほうも大変面白く、古くからの和光市の様子や人々の生活ぶり、村の人々と神仏のかかわりなど興味深く読むことができました。とはいえ、30年以上も前の資料ですから、その後移動されたものや、なくなったものもあるかもしれません。実際に回ってみて確認できた石仏をこのブログで紹介してゆきたいと思います。先週の日曜日、自転車で和光市の北部を回ってきました。幸魂大橋で荒川を渡り、40分ほどかけて最初の目的地に着きました。今日は散歩日記です。新倉の長照寺。整備された山門の奥に平成15年竣工の新しい本堂が見える境内左に天和3年(1683)の三猿庚申塔をはじめ多くの石仏が並んでいた。歴代住職墓地に寛文年間の如意輪観音坐像と地蔵菩薩立像。どちらも美しい。長照寺からバス通りに出る途中に「吹上稲荷」の社があった。鳥居の手前左に庚申塔。「右引又道」往時の引又宿の繁栄を窺うことができる。真新しい本堂の満願寺。資料では観音堂を残すのみの寂れた寺だったという。本堂左、墓地の入口左側に無縁仏が集められていた。右端に三基の馬頭観音塔。夢窓疎石開山と伝えられる臨済宗の金泉寺。山門左に石仏が並んでいる。左端に立つ庚申塔。なんだか旧友に会ったような懐かしい気分になった。バス通りから路地に入った先に鳥居が立っている。金網に囲まれた中に・・阿弥陀如来坐像を主尊とする庚申塔。元禄期のものだが、これもまた美しい。今日の目的地 吹上観音東明寺。山門脇の馬頭観音塔を見て、急な階段をのぼり仁王門の前に立つ。門の先に大きな観音堂があり、その裏に有名な「百庚申」があるという。観音堂の左を進み裏に回ると・・・観音堂の裏は小高い塚のようになっていて、まっすぐに急な石段が続いている。その脇には庚申塔が並んでいて、右手前に教育委員会の解説板が立っていたが、石段の入り口にはロープが張られ「文化財保護の為立入り厳禁」とあった!!想定外の事態で、楽しみにしていただけにそのショックも大きかった。いつかまた見る機会もあるだろう。9時も回っていることだし・・とりあえず取材終了。新大宮バイパスで西浦和まで40分。帰りの自転車のペダルは心なしかいつもより重く感じられた。次回から本格的に「和光市の石仏」シリーズに入ります。14,15日はお盆休みで帰省しますので16日からはじめたいと思っています。よろしくお願いします。