都営三田線の沿線は、都内では比較的馴染みの薄い土地もあって、時折思い出したように足を運びたくなるのでありますが、馴染みが薄いと思い込んでいながら、実は全ての駅で下車したことがあるからそれなりには訪れているわけです。板橋だからいい酒場が数多く存在するはずだし、きっとお手頃な店ばかりだろうという思い込みで、店の前に立ち止まって迷うという素振りすら周囲に気付かせぬほどのごく自然な振る舞いで店に吸い込まれることになるのです。それはそれでいいのでありますが、できることならまだ見ぬ酒場を訪れたいと思うぼくにとっては、一度訪れている店寄りは初めての店がいいのに決まっています。でも、今回は志村三丁目にある2軒の酒場にお邪魔したのですが、いずれもすでに伺ったことのあるお店だったのです。次回報告予定の酒場は、目にしていたら間違いなく立ち寄っていたに違いないという確信があり、でもこれ程の雰囲気がある酒場を覚えていないなんてことはよもやあり得ぬことだろうと思ったのです。実際にはやはり行っていたのですが、さすがにここまですっきりと覚えていないと自身の記憶力に激しい失望と不安を禁じ得ないのでした。これまでは覚えていないなら初めてと実質的に変わらないなどと強がっていましたが、正直な話、すっかり記憶から飛んでいても、帰宅後にメモを確認して、つまらぬ酒場を2度訪れたことを知るのは虚しいものだし、気に入ったお店でもちょっと残念だったりするものです。だったらメモなんか取っておかなければいいではないかということになります。昔、映画マニアだった時代に映画館での鑑賞記録をシコシコとExcelに打ち込んでいたのですが、マメにバックアップを取るということをしていなかったので、HDDの障害で全部ぶっ飛んでしまったことがあります。最初は無念さにしょげ返ったものですが、翌日にはむしろせいせいした気分になったのだ。でも自らの手で、酒場巡りデータを消去する勇気があるかと問われると口ごもってしまうに違いないのでした。
さて、再訪した一軒目は「おばこ」でした。何の変哲もない極めてオーソドックスな焼鳥をメインに据えた居酒屋さんです。お客さんの入りも良くなかなかの人気店みたい。酒場放浪記でも取り上げられたことがあるようです。というかむしろだからこそぼくはここを訪れたんだろうなあ。そうでもなければごく稀にしか訪れないこの町であえてここを選ぶとは思えない。つまり余りにも真っ当で普通っぽいんですね。辛うじて空いていたカウンター席に通され、メニューを開いて思わず眉を顰めるのでした。というのもケチ臭い話で恐縮なのですが、お値段が板橋価格とはとても思えぬ金額だったのです。銀座の居酒屋みたいな強気な価格設定なのです。いやはや、ハナから分かっていたなら覚悟を決められたわけですが、出会い頭でこれだとちょっと出鼻をくじかれる気分に陥ってしまいます。いやまあ高いっていってもそこまでではないのですし、幸か不幸かコロナ以降は多少の値段ならいちいちみっともない発言を控える位の嗜みが身に着いたはずだったのです。つまりは、その程度にはショッキングな事実であったのです。確かにねエ、酒はともかく肴はどれも丁寧な仕事がされていて、美味とまでは言わぬけれどちゃんと美味しいのは分かるけど、それでもどうなのかなあと首をひねってしまうのでした。ぼくは板橋区を大いに気に入っていて買っているのですが、一概には評価するのが躊躇われるようになってしまいます。それでもこんなに支持を得ているということは、板橋の人たちが案外小金持ちが多いからなのか、やはりぼくが貧乏くさ過ぎるということなのだろうか。まあ後者である可能性が高そうです。