平野家さん前の路地を西へ下ると、祇園の交差点、八坂神社前、
人、車、双方の量が一気に増える四条通りを西に進むと、
四条大橋東端、
南座です。
南座では、近年は新之助時代の海老蔵さんの「源氏物語」、
その前はかなり遡って、野田秀樹さん主宰の夢の遊眠社の舞台
「桜の森の満開の下」を観賞したことがあります。
野田さんはNHKでは勝海舟を演じておられました。
この南座・四条大橋東端付近から
池田屋事件探索ルートがスタート。
洛中に火を放ち、混乱に乗じて帝をお移しするという計画が発覚、
謀議が行われている店を検めるために二手に分かれ、
局長さんグループは四条大橋を渡ってから、鴨川の西側を北上、
副長さんグループは鴨川の東側を北上して三条大橋を渡り、
池田屋で合流したそう。
さて、今回は土方副長ルート(縄手通)に平行した
広くて自転車の通りやすい川端通を使って、
池田屋事件跡まで進みます。
四条大橋手前を右折すると鴨川の東側が川端通、
すぐに鴨川にそそぐ小さな白川がありました。
奥にうっすらと見える橋が縄手通ですね。
ルートは違っても、池田屋さんまでは同じ位の距離のはずが
土方さんたちの方の到着が遅れたということは、
馴染みのお店が多かったからかなー☆などと思いながら
雨の上がった川端の見晴らしのよい道を、気持ちよくサイクリング。
探索に手間取った当時と違い、あっという間に三条大橋に到着。
鴨川に鴨がいることに単純に喜びながら、橋を渡ります。
三条大橋を渡りきると、すぐに鴨川に平行して走る小さな高瀬川、
「
佐久間象山遭難地」の石碑があります。
(捨助さんが逃げたのもここですね☆)
そのすぐそば、通り過ぎてしまいそうなほど近くに
池田屋事件跡。
このあたりは京都訪問の際に何度も通っているはずなのですが、見た記憶がなく。
見ていたとしても、何をした方々の、どんな事件だったのかわからなかったので、
記憶に残らなかったのでしょう。
先に池田屋さんにビンゴしたのは、四条大橋を渡った局長さんの方。
それから数年のちに、この市中で最も人目に触れる場所に、
京を守った恩人、ではない姿で戻ってこなければならなかったとは。
夢浮橋 豊玉ならば 如何に詠む
次は
蛤御門へ向かいます。
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