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テーマ:魂の旅(1857)
カテゴリ:スピリチュアル(精神世界)
以前のブログで、「人生とは何か」というテーマをまとめました。そこでは、「人生とは『私』とは何か、を知ること」と書いてまとめました。
人が100人いれば、100通りの人生があるので、そこにそれぞれの「人生論」があると思います。なので、この答えが絶対だということはないでしょう。参考程度にすればいいのではないかな、という感じです。
しかし、このブログではもっと深掘りしていきたいと思います。では、その「私」とはいったい何なのでしょうか? ということで、今回は「私とは何か?」というテーマで見ていきたいと思います。
私とは何か?『私』とは、ずばり、沈黙、静寂、無、空、そして存在そのものです。
「私」は、対象と共に現れています。対象があるがゆえに、認識する「私」が存在しています。それが自我(エゴ)です。(体験という対象を作り出すこと)
「今ここ」とは、未知(無・永遠の今)であり、その領域です。「私」はそれを知ることができません。なぜなら、未知とは対象ではないからです。
私とは、空?起きることは起き、起きないことは起きません。
あらゆるものを手放し、最初の一歩をその思考にすることが重要です。最初の一歩をその思考にすれば、もう旅は終わります。そして、常に「今ここ」において、その瞬間は毎瞬起きます。
完全という観念を手放すことで、完全を求めるのです。理解しようと、考え続けることで、探求者は永遠に探求者で在り続けるのです。
愛について世界のすべて、あらゆるものが愛によって生きています。
「好き」の延長にあるものが、「愛」ではありません。「愛の影」が「好き」なのです。
真の意味において、愛とは根本原因です。そして、いかなる結果もまた愛なのです。
自己を見ることは愛を見ることです。それは「愛そのもので在ること」だからです。
いかがでしょうか。私とはつまり「からっぽ(空)」なのです。いかなるときも、私たちは変化しながら存在していますが、それは「状態」でしかないのです。私たちは固定的ではないのです。
けれど、この「空」とか「自我(エゴ)」とかがあるからこそ、人生を経験できています。私たちの存在は「愛そのもの」であるならば、「愛によって生きる」とはいったい何なのでしょうか。
それでは読んでいただき、ありがとうございます。
【参考文献】 ・“それ”は在る ある御方と探求者の対話 [ ヘルメス・J・シャンブ ]お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023/03/05 07:30:06 AM
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