|
テーマ:■ムービー所感■(484)
カテゴリ:イタリア映画
この11月、札幌大通りに新しくTSUTAYAがオープンした。日本最大規模に匹敵するタイトル数、北海道最大の品揃えだというから、喜び勇んで足を運んでいる。 これまでオンラインに頼りきっていたラインナップがずらり!! DISCASで2枚ずつレンタルしてきた作品が、ここにはいっぱい並んでいるのだ。 初めて足を運んだ日は、1時間も店内を眺めてしまったよ。 2度目にようやく、なんでもあるわけじゃないのがわかってきたけど、それでもすごいラインナップ。 なんといってもうれしかったのは『ピンク・フラミンゴ』か(笑) いま、レンタルしているのは、グリフィスの『國民の創生』(これもオンラインにない)、ヤコペッティの『世界残酷物語』、セシル・B・デミル『チート』、などなど。 まずは『世界残酷物語』の感想からいってみよう。 こちらは、なんと「死ぬまでに観たい映画1001本」に選ばれている作品。 世界各国40ほどのエピソードを捉えた記録映像で、ヤラセ?という見方もあるけれど、どちらにせよ、未開と文明を並べて人間の蛮性を描いた問題作だ。 このての映画はモンド映画といって、しばらく流行したらしい。本作はその先駆け。 モンド映画とは、観客の見世物的好奇心に訴える猟奇系ドキュメンタリーのくくりのこと。いったん廃れたあと、近年になってまたドキュメンタリー作品は再び人気を集めているけれど、モンド系はほとんどないと思う。 文明と未開が並べてあるのは、シニカルに観れるからいい。かたや、5年に一度、村中の豚を潰して食べつくし、犬やヘビを食す民族がいて、かたやステーキに飽きて蟻や芋虫のゲテモノ料理を食す白人がいて・・・・。どっちが普通といえるのだろう。 日本も残酷とは言えないまでも、けったいな風習をいくつか取上げられているので笑ってはいられない。 サラリーマンにマッサージと入浴のサービスをする、東京風呂なるものが登場。(ホント!?) きな臭い映像とはいえ、日本人としてちょっぴり恥ずかしい。 先日、寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』を読みながら、ドキリとした一文があったことを思い出した。長いけれど、以下抜粋。 毎年、夏になるとグラフ雑誌は原爆特集をやる。そして被災者たちの死臭にみちみちた写真を満載し、それが飛ぶように売れるのである。(省略)原爆反対に名を借りて、人間の死にざまの醜態を見たがる心理が、大衆のなかに根深くあるかぎり、ぼくは歴史なんて信じないし、原爆反対のキャンペーンにも組することなどできないだろう。 夏が来て、ケロイドと死のアメリカの禿鷹の特別号が発売されても、ただの一冊も売れなかった、という時代が訪れたときにだけ、ほんとにベトナム戦争は終わりに近づくだろう。 じぶんも含め、残酷や醜態を、どうして人は見たがるんだろう。モンド映画を観る行為と、上の文章には、共通したものがある気がしたのだ。 『書を捨てよ、町へ出よう』は1975年刊行の古い本だけれど。 監督/ グァルティエロ・ヤコペッティ フランコ・E・プロスペリ 脚本/ グァルティエロ・ヤコペッティ 撮影/ アントニオ・クリマーティ ベニート・フラッタリ 音楽/ リズ・オルトラーニ (カラー/MONDO CANE/91min) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[イタリア映画] カテゴリの最新記事
残酷なものを見たがる・・・ 未知の希求かもしれません。人間の本性のひとつ。 でも見続けてみると・・・もううんざりします。 リアルに知ることと想像力が働いて、未知ではないと、つまり知りたいと感じなくなる。 激しい感情を経験してみることも「無駄」ではないと思います。 ところで 「東京風呂」って、もしかしてそのむかし「トルコ風呂」と呼ばれ、自らも看板を出していた特殊浴場のことでしょうか? トルコからの留学生が「祖国を侮辱している」と訴えて、やはり恥じ入った我々日本人は「ソープランド」なる斬新かつ即妙な名を与え、現在に至っている・・・のであったと記憶していますが、私は経験ないので内容はよくわかりません。 かのフランス料理界の重鎮ポール・ボキューズ氏は、来日の折にご経験なさり、感銘、絶賛、否感動すらしたとか。「芸術である!」と叫んだとか叫ばなかったとか・・・・。 さらには次の来日のときには、奥方とご子息も同伴し、その技巧をつぶさに研究され、そのご自身の本業であるところの「芸術」に如何様にか影響を与えた・・・とか。 (2010.11.29 22:31:58)
うんざりしないと、だめなんですね。
グロやらモンド系は数本観れば、うんざりする。 この一本でさえ若干うんざりして、シリーズ続編を見る気持ちは湧きません。 そういうものなんだと思いますよ。 >「東京風呂」って「トルコ風呂」? そうですか! やっぱりそうなんですか!これがトルコ風呂ですかー。そしてソープランドになったわけなんだぁ。 ポール・ボキューズ氏なる人が家族同伴はどうかと思いますが、癒しを求める人には優しい・・・ある意味芸術的職人技だったんでしょうね。 トルコ人が怒る気持ちわかるわー。 (2010.11.30 20:09:56) |