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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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映画「元町映画館」でお昼寝

2022.06.23
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​​​​​キリル・セレブレンニコフ「インフル病みのペトロフ家」元町映画館
 題名に惹かれて見に来ました。キリル・セレブレンニコフ監督「インフル病みのペトロフ家」です。​​

 満員のバスに乗って、何やら具合が悪そうに咳をしてる男がいて、乗車券を確認してる車掌の、ド迫力の女性がいて、停車したバスのドアを外からたたく男がいて、咳をしていた男が外に連れ出されて、街角で自動小銃を持たされて、そこに連れてこられた市民(?)が壁際に並んで立たされて、全員射殺されるシーンから映画は始まりました。
 何が何だかわからないまま、ポカンと見ていましたが、どうも、映像は妄想と現実を行ったり来たりしているようだという予感めいたものは感じるのですが、やっぱりよく分からないまま映画は場面を変えて、黒縁メガネの図書館司書でしょうか、女性が登場して、まあ、あれこれあって・・・・。というような映画でしたが、実はさっぱりわかりませんでした。

 この監督の「LETO レト」という作品も見た記憶がありますが、ロシアというか、ソビエトというかのロックバンドの話だったこと以外、何も覚えていません。
​​​​​​​​ バスに乗っていたのが、題名のペトロフのようです。彼は家では漫画を描いていてとか、黒縁メガネの女性が、その妻(?)ペトロワで、一見、知的で、おとなしそうな彼女が実はおそるべき暴力的マッチョだったりとか、二人が夫婦なのかどうかは定かでないのですが、二人のあいだには息子がいて、家庭の会話があってとか、父親から感染したのでしょうね、熱を出した息子がクリスマスだか、新年だかの演芸会に行きたがっているとか、ペトロワは息子にアスピリンを飲ませて寝させようとしているとか、ペトロフが霊柩車で運ばれる死体と同乗しているとか、プロットというのでしょうか、場面、場面は何とかわかるのですが、コンテクストというのでしょうか、全体の文脈が全く理解できない、まあ、ペトロフ家の三人家族が、みんなインフルエンザにかかっちゃって、アスピリンで何とかしようとしているということはわかったのですが、呆然と見ているほかありませんでした(笑)。
 「こりゃ、何時間見ていても、きっと、わからんな。」​​​​​​​​

​​​​ で、まあ、そういう結論でした。拍手しようにも、どこに拍手していいのか・・・。題名とチラシはカッコよかったのですがねえ。いやはや、トホホでした。
 ちょっと、言い訳をすると、たぶんこの映画には元ネタというか、下敷きになっている神話とか小説とかがあるのでしょうね。そのあたりのことが、見ていて全く思い浮かばないシマクマ君には解読不能というわけだったのでしょうね。
 「ナニコレ?」という好奇心がないと、たぶん、付いていけない作り方なのでしょうが、もう、そういう元気はないなあということを実感した作品でした。やっぱり、トホホですね(笑)。
​​​​

監督 キリル・セレブレンニコフ
原作 アレクセイ・サリニコフ
脚本 キリル・セレブレンニコフ
撮影 ウラジスラフ・オペリアンツ
編集 ユーリ・カリフ
キャスト
セミョーン・セルジン(ペトロフ)
チュルパン・ハマートワ(ペトロワ)
ユリヤ・ペレシリド(マリーナ)
イワン・ドールン(セリョージャ)
ユーリー・コロコリニコフ(イーゴリ)
ユーリー・ボリソフ(サーシャ)
ハスキ(死体)

2021年・146分・R15+・ロシア・フランス・スイス・ドイツ合作
原題「Petrov's Flu」
2022・06・22-no84・元町映画館

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最終更新日  2022.06.26 13:08:00
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2022.05.31
​​​ ルイス・ブニュエル「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」元町映画館​
 「ルイス・ブニュエル監督特集―男と女」という企画の2本目です。ああ、もちろんシマクマ君が見た2本目ということです。1974年に日本で劇場公開されたらしいのですが、なんとなく見た記憶がありました。何も覚えていたわけではないのですが、なんだか異様に懐かしい気持ちになりました。
 1本目に見た「昼顔」は、どっちかというと心理描写に呆れたという気分の方が強かったのですが、こっちは、「ああ、70年代の映画やなあ。」という詠嘆というか、「ルイス・ブニュエルというのはこのバカバカしさなんだよなあ。」という、まあ、実に個人的な感想ではあるのですが、今となっては納得してしまいました。​

 たぶん、極東の島国の文化観や歴史観では計り知れない、ヨーロッパ産ブルジョワジーという階級というか、種族のようなものがあって、ヨーロッパの人には見かけと振舞でわかるのでしょうね。
 で、映画は彼等の内実は食欲と性欲という、とてもまんまな「欲望」なのだと描いているんですね。だから、永遠の欲求不満に苛まれているわけで、当人たちは気づいているのかいないのか、たぶん気づいていないようなのですが、どこにたどり着くのかわからない道を当人たちだけで、てくてく歩いているようなものなのでしょうね。三度ばかり、そういう、唐突なシーンが挿入されていましたが、かなりシビアな批評表現なのでしょうね。
​​​​ その上、登場する6人のブルジョワの中に一人インチキというか偽物がいるんですよね。フェルナンド・レイ扮するミランダ共和国とかの駐仏大使ですね。地位を利用してコカインの密輸かなんかで稼いで、それで「ブルジョワ」に取り入っているという役柄ですね。彼は、まあ、不安なわけで、だからこそ、とりわけ、ややこしい夢を見ちゃうのでしょうね。​​​​
 性欲と食欲に浸っている能天気なブルジョワだけじゃない、まあ、露骨な権力欲で成り上がった、植民地主義の田舎者を異物として混入させているところは、ヨーロッパの人が見ると、かなり笑えるのだと思うのですが、シマクマ君には、素直に笑えないですね(笑いましたけど)。笑うと知ったかぶりをしている自分が恥ずかしいという感じです。
 でも、一つ一つのプロットは人をくった話ばかりで、庭師になりたい司祭さんとか、シェフの死体が安置されている調理場とか、こむずかしく考えることを真っ向から拒否っていて、なかなか過激でした。
​ で、この映画は1972年のアカデミー外国語映画賞なんですね。まあ、それも含めてかなりなブラック・コメディでした。​
​ そういうわけで、ミランダ共和国の大使とかをやっていたフェルナンド・レイと、今さらながらですが、人をくった演出の​監督ルイス・ブニュエル​拍手!でした。​
監督 ルイス・ブニュエル
脚本 ルイス・ブニュエル  ジャン=クロード・カリエール
撮影 エドモン・リシャール
美術 ピエール・ギュフロワ
衣装 ジャクリーヌ・ギュイヨ
編集 エレーヌ・プレミアニコフ
キャスト
フェルナンド・レイ(ラファエル・アコスタ駐仏ミランダ共和国大使)
ポール・フランクール(フランソワ・テヴノ)
デルフィーヌ・セイリグ(シモーヌ・テヴノ)
ビュル・オジエ(フロランス シモーヌの妹)
ステファーヌ・オードラン(アリス・セネシャル)
ジャン=ピエール・カッセル(アンリ・セネシャル)
ジュリアン・ベルトー(庭師志願の司教)
ミレナ・ブコティッチ
マリア・ガブリエラ・マイオーネ
ミシェル・ピッコリ(大臣)
1972年・102分・PG12・フランス
原題「Le charme discret de la bourgeoisie」
日本初公開:1974年5月
2022・05・23-no71・元町映画館
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最終更新日  2022.05.31 00:00:12
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2022.05.29
​​ルイス・ブニュエル「欲望のあいまいな対象」元町映画館
​ ​同じ女性の「今、この時」を二人の女優で演じる意味は何?やっぱりそう考えてしまいますが、意味なんてないということらしいです。そういうわけで、やっぱりブニュエルでしたね(笑)。​

​​​ 見たのはルイス・ブニュエル「欲望のあいまいな対象」でした。「ルイス・ブニュエル監督特集―男と女」5本目です。ここまで、面白いのかつまらないのか、見ていて判断がつかない作品ばかりでしたが、これまた同様に、「なんじゃこれ?!」でした(笑)。​​​
​​​​​​​ 題名が「欲望のあいまいな対象」なのですが、今回の特集ですっかりおなじみになったフェルナンド・レイ扮するマチュー・ファベールというお金持ちの男性の「欲望」「あいまい」でもなんでもないですね。むしろ「率直」そのもので、見ていてアホらしいようなものなんですが、問題は、そのお相手であるコンチータという女性ですね。二人一役で、キャロル・ブーケアンヘラ・モリーナという二人の女優さんが交互に登場しますが、途中で、どっちがどっちだったのか違いが判らなくなりました。​​​​​​​
​ ようするに、ぼくはマチューと同じで、そこに「対象」としての「誰か」なり、「なにか」があればなんだっていいわけですね(笑)。そのあたりに関しては、いい年にまで、あれこれ生きてきたはずなのですが、結局、赤んぼうの「おしゃぶり」から、それほど成長しているわけじゃないのでしょうかね。​
 まあ、大人的にいえば、欲望は対象なんて見ていない、まあ、自分勝手な明確さで、自分の中にあるのだということなのでしょうかね。フロイトとか持ち出してあれこれ言う人がいそうな話でしたが、この年になって、そういうことを見せられても「ああ、そうだよな。そういってしまえば、そこで起こる関係性とかどうなるのかね。それをぶっ飛ばしてしまって、身もふたもないけど。」とかなんとか、のんびりした諦めのようなものが浮かんでくるようなもので、格別、驚いたり、恐れ入ったりするわけでもありませんでした。 それにしても、映画の構成のうまさは格別で、長距離列車のコンパートメントで語られるヒマつぶしの身の上話で引っ張るだけ引っぱって、最後はドカン!なのですから、小理屈をこねるより、面白がるのが筋でしょうね。
​​ 大人たちが盛り上がっている艶笑噺に、子どもが首をつっこみたがるシーンが面白いですね。自分は面白がって、興味津々なのに、子どもには「あんたたちが聞かせる噺ではない、」と母親だったかが叱りますが、「あんたたちこそ知っておくべき話」だったのかもしれませんね。​​
​ いやはや、またしても煙にまかれたルイス・ブニュエル拍手!でした。​
監督 ルイス・ブニュエル
製作 セルジュ・シルベルマン
原作 ピエール・ルイス
脚本 ルイス・ブニュエル ジャン=クロード・カリエール
撮影 エドモン・リシャール
美術 ピエール・ギュフロワ
編集 エレーヌ・プレミアニコフ
音楽 ワーグナー
キャスト
フェルナンド・レイ(マチュー・ファベール)
キャロル・ブーケ(コンチータ)
アンヘラ・モリーナ(コンチータ)アンヘラ・モリーナ
ジュリアン・ベルトー(エドワール)ジュリアン・ベルトー
アンドレ・ヴェベール(判事マルタン)
ミレナ・ブコティッチ(パリに帰る婦人)
1977年・104分・G・フランス・スペイン合作
原題「Cet obscur objet du desir」
日本初公開1984年11月3日
​2022・05・27-no74・元町映画館

追記2022・06・29
 今回の「ルイス・ブニュエル監督特集―男と女」​という特集は6本立てだったのですが、確か「自由の幻想」だったかは見損ねました。格別、映画史的興味があるわけではありませんが、見始めたら完走したいという、子供じみた欲望に突き動かされて、映画館に通うのですが、カレンダーの読み間違いで見損ねました(笑)。
 スペインとかフランスとかを舞台にした映画なのですが、60年代から80年代の「日本」の、文化の世相というか社会のムードを思い出して​面白かったですね。四方田犬彦とかが新進気鋭の時代だったのです。まあ、結構かぶれましたが(笑)​


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最終更新日  2022.06.29 00:43:52
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2022.05.28
​​​​​ルイス・ブニュエル「哀しみのトリスターナ」元町映画館 「ルイス・ブニュエル監督特集―男と女」4本目です。若き日のカトリーヌ・ドヌーブが、これでもかという感じで登場します。見たのは「哀しみのトリスターナ」です。これは、たしかに見た覚えがありますが、見終えて唖然としました。​​​
 「こんな、話だったんだ!?」
​ 今回のルイス・ブニュエル特集は、この驚きの繰り返しです。どうなっているのでしょうね。40年前に、いったい、何に惹かれたのか、どの映画を観ても思い出せません。​
 全くの偶然ですが嵐山光三郎「漂流怪人・きだみのる」(小学館文庫)を読んでいたこともあって、三好京三という、なんだかインチキ臭かった直木賞作家「子育てごっこ」という話を思い出しました。
​​​ 映画は義理の父親が妻の連れ子、義理の娘に肉体関係(?)、恋愛関係(?)を迫るという話でした。当人に云わせれば「愛」の表現であるようなのですが、見ているシマクマ君には、男の言動は単なる欲望でしかないわけで、まあ「めんどくさい」わけです。この​「めんどくさい」男​ドン・ロペ(フェルナンド・レイ)は、貴族の末裔で、親の遺産を食いつぶしている金利生活者で、無神論者で、なぜか貧乏人にやさしい共産主義のシンパという、なんだかわけのわからない人物なのですが、なんのことはない、与えられた境遇に、無邪気にふんぞり返る「こども」の欲望の塊なのです。​​​
​​​​ そういう、社会性皆無というか、幼稚というか、傲慢というかの「欲望」の対象である境遇に、至極当然のことながら、耐えられない、義理の娘トリスターナ(カトリーヌ・ドヌーブ)は、当然、ホラシオ(フランコ・ネロ)という、若い絵描きに恋をして出ていくわけですが、やがて、片足切断という大病を患った彼女は義理の父ドン・ロペ(フェルナンド・レイ)のもとに戻ってきます。​​​​
​ 何故そんなところに帰っていくのかというのが、たぶんこの映画を観ている人にとって当然の疑問で、ぼくも、やっぱり、そこのところに注目してしまうわけですね。まあ、そのあたりからがブニュエル映画の本領発揮という感じでした。​
​​​​​​ で、ここからは、心理劇というか、映画的というか、若きカトリーヌ・ドヌーブの演技の見せ場でした。ベッドに放り出された、まあ、不気味な義足。媚態とも憎悪ともとれるあいまいな笑顔。なごやかなホームパーティの部屋の外をコツコツと歩く​ホラーな足音​。まあ、「ゆっくり時間をかけて、何の手も下さないで殺す」という、自滅型・ホラー・ミステリー映画の様相ですが、それぞれのシーンは、やっているのがカトリーヌ・ドヌーブですからね、なかなかの迫力で、見ごたえありました。
​​
 ボクは、何故か、この女優さんの動きには、なんとなくなどんくささを感じてしまうのですが、アップされたお顔はさすがでしたね。というわけで、カトリーヌ・ドヌーブ(トリスターナ)拍手!の作品でした。
 で、まあ、このところ見ているブニュエル映画では毎度おなじみのめんどくさい奴フェルナンド・レイ(ドン・ロペ)には、当然、拍手!
 ついでに、やっぱり「何が言いたいの?」ルイス・ブニュエルにも拍手!でした。​​​​​

 
監督 ルイス・ブニュエル
原作 ベニト=ペレス・ガルドス
脚本 ルイス・ブニュエル  フリオ・アレハンドロ
撮影 ホセ・F・アグアーヨ
美術 エンリケ・アラルコン
音楽 クロード・デュラン
キャスト
カトリーヌ・ドヌーブ(トリスターナ)
フェルナンド・レイ(ドン・ロペ)
フランコ・ネロ(ホラシオ)
ローラ・ガオス(サトゥルナ)
ヘスス・フェルナンデスサトゥルノヘスス・フェルナンデス
アントニオ・カサスドン・コスメアントニオ・カサス
ビセンテ・ソレル神父ドン・アンブロシオビセンテ・ソレル
ホセ・カルボ叔父の堂守ホセ・カルボ
フェルナンド・セブリアンミキス医師フェルナンド・セブリアン
1970年・100分・G・スペイン・フランス・イタリア合作
原題「Tristana」
日本初公開:1971年1月
2022・05・25-no73・元町映画館

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最終更新日  2022.06.28 11:05:12
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2022.05.25
​​ルイス・ブニュエル「小間使いの日記」元町映画館​​
​​ 「ルイス・ブニュエル監督特集―男と女」で3本目に見たのは「小間使いの日記」です。​​
​ よく覚えていませんがミルボーという人の原作が、大昔に角川文庫かなにかで出ていて、途中で挫折したような記憶があります。映画は、題名通り、お屋敷に勤める小間使いの女性が主役でした。1960年代の作品でモノクロでしたが、ジャンヌ・モローという女優さんを、こうやって名前と重ねてみるのは初めてでした。独特の雰囲気のある美しい人でした。​
​​ 列車の車窓に田舎の風景が写り、やかて停車して、ドアの外の風景は作り物かと思っていたら、ドアが開いて外の風景が写っていたので、ちょっと驚きましたが、次のシーンでは駅舎からトランクを持ってでてきた女性をお屋敷からの出迎えの馭者が待っていて、馭者席に隣り合って座ったふたりがあいさつ代わりに話をしながら馬車に乗って田舎道を進んでいきます。
 結果的にいえば、ここまでの映像が、いかにも
ルイス・ブニュエル​​でした。見ている、こっちをどこかに連れていく印象で、なかなか、悪くないのです。
 まあ、話を続ければ、馭者台のが新しい小間使いのセレスチーヌ(ジャンヌ・モロー)、馭者の男がジョゼフ(ジョルジュ・ジェレ)で、お屋敷の下男のようです。駅から延々と馬車に揺られ到着したのはモンテイユウ家、老田舎紳士と若夫婦の三人が暮らしているお屋敷でした。​​​​

​​​ この人は始まって、しばらくして「靴」を抱えて死んでしまいますが、まず、「脚」及び「靴・ブーツ」フェティスト老田舎紳士、のべつ幕なしの性的欲求を行動に移す若主人、旺盛な物欲の割には冷感症気味の、その妻というお屋敷です。​​​
 ほかにも、あれこれ事件は起こりますが、屋敷に出入りしていた少女が森で殺されるという話がメインのというか、筋を運ぶお話でした。殺された少女を好いていた​セレスチーヌ​は、文字通り体を張って真犯人を探す探偵になるのですが、そのあたりから映画そのものが焦点を失うというか、「彼女は何故そうするのか?」が、見ているシマクマ君にはわからないまま、結末を迎えます。
 なんなんですか、この展開は!
​​ 小間使いがやってきたお屋敷をフランス社会の比喩だというふうに見るのであれば、フランスに対する揶揄とかいうレベルではない、もっと厳しい「嘲笑」のようなものが映画全体に漂っている感じするのです。
 しかし、​​少女殺害の犯人として描かれている下男ジョセフの極右的政治行動や、小間使い​セレスチーヌ​​が結婚する、元フランス軍大尉の極右ぶりが、映画の終盤に畳みかけてるように描写されるのですが、その描写の中で、その社会に対して、客観的な「眼」として存在していたはずの女主人公の行動そのものが、どこか、脈絡を失っていく結末にはポカンとするほかありませんでした。​​​​​​

 ウーン、参りました。
  
監督 ルイス・ブニュエル
原作 オクターブ・ミルボー
脚本 ルイス・ブニュエル  ジャン=クロード・カリエール
撮影 ロジェ・フェルー
キャスト
ジャンヌ・モロー(小間使いセレスチーヌ)
ミシェル・ピッコリ(モンテイユウ氏)
ジョルジュ・ジェレ(下男ジョゼフ)
フランソワーズ・リュガーニュ
ダニエル・イベルネル
1963年・98分・G・フランス・イタリア合作
原題:Le journal d'une femme de chambre
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
日本初公開:1966年4月
2022・05・24-no72・元町映画館
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最終更新日  2022.05.25 00:25:51
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2022.05.24
​​​ブリュノ・デュモン「ジャネット ― l'enfance de Jeanne d'Arc」元町映画館
​​​ 予告編を見て「なんだこれは?」という感じで見に来ました。連休明けの元町映画館です。ソフィア・ローレン「ひまわり」が行列だそうで、実にめでたいのですが、こっちは閑古鳥でした。ブリュノ・デュモンという監督はもちろん知りません。で、映画が​「ジャネット」、「ジャンヌ」​の二部構成になっていることもよく知らないままやってきました。この日に見たのは第1部「ジャネット」でした。​​​
​​ チラシには、ちょっと怖い顔で映っていますが、実にあどけない羊飼いの少女ジャネット(リーズ・ルプラ・プリュドムが牧場の空地で歌を歌います。シャルル・ペギーという人の詩劇の詩らしいのですが、要するに「信仰」のことばです。信仰心のないシマクマ君「ふーん…」という気分で聴いています。少女は高揚してくると歌いながら踊り始めて、頭を激しく前後させたり、側転したり、飛び跳ねたりします。​​
​ 友だちの少女や、叔父さんも登場します。修道女の二人組や、浮浪児の少年の兄弟の二人組も登場します。「おなかが空いた。」といってヨチヨチ歩く弟の姿なんて最高です。修道女の双子のような二人組も踊ったり歌ったりしますが、なんというか、筋立てのうまく運ばない小学校の学芸会に、中学生か、高校生のお姉さんがやってきて踊っている感じです。振り付けはシンプルで、踊るときの音楽はロック調で、まあ同じ所作の繰り返しです。​
​​​​ オルレアンの少女、あのジャンヌ・ダルクが、まだ羊飼いの少女だったころの物語なのです。だから、神様のお告げを聴くシーンもあります。林の中でジャネット三人の神様に出会うのですが、なんだか、神様も出会いの場面もシュールでポカンとしてしまいました。​​​​
​​ 途中で、少女だったジャネットは少しおねーさんに成長して、役者も変わります。神のお告げを聞いたからでしょうか、ジャンヌと呼ばれるようになって、いよいよ、出陣!というところで終わりました。
​​ 音楽も踊りも、一風変わっていますがいやな感じではありません。ただ、テンポも展開も、勝手に見てくださいという印象で、見ている方はポカンとしていたら終わったという感じです。これが第1部だそうです。「第2部はどうするのか?」って?もちろん見に行きますよ(笑)なんだかんだ言ってますが、わからないままに、ちょっと誘惑的なのです。

​​ 子供の頃のジャネットだったリーズ・ルプラ・プリュドムのたたずまいがとても良かったことは間違いありません、拍手!です。
 この映画は、登場人物たちが、おそらくシロウトというか、俳優ではないようです。物語の筋立ては、編集によって、何とか成り立っていますが、映像は一つ一つのシーンが、それぞれ勝手に生き生きしている印象です。不思議な映画でした(笑)。​​


監督 ブリュノ・デュモン
原作 シャルル・ペギー
脚本 ブリュノ・デュモン
撮影 ギョーム・デフォンテーヌ
編集 ブリュノ・デュモン  バジル・ベルヒリ
音楽 Igorrr
振付 フィリップ・ドゥクフレ
キャスト
リーズ・ルプラ・プリュドム
ジャンヌ・ボワザン
リュシル・グーティエ

2017年・106分・フランス
原題「Jeannette, l'enfance de Jeanne d'Arc」
2022・05・16-no68・元町映画館
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最終更新日  2022.05.24 00:43:40
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2022.05.21
​​ルイス・ブニュエル「昼顔 Belle de Jour」元町映画館​​
​​ 元町映画館「ルイス・ブニュエル監督特集―男と女」が始まりました。映画を見始めた40年以上も前に「アンダルシアの犬」とか「哀しみのトリスターナ」とか、もちろん「昼顔」とか見た記憶はありますが、剃刀が目の玉に当てられるシーンのほかは何も覚えていません。​​
​​ まあ、とりあえず、「どんなだったかな?」という軽い気分で見たのが「昼顔」でした。カトリーヌ・ドヌーヴが、なんというか、下着姿から、いわゆるセミ・ヌードまで、色々見せてくれましたが、正直に言うと、なんだか、メンドウくさい映画でした。​​
 昼は娼婦で、夜はブルジョワの貞淑な妻というのが、とりあえず、まあ、普通とは逆なわけですが、そういう行動に彼女を促す、彼女自身が思い浮かべているらしい、かなり極端な「被虐妄想」、いわゆるマゾヒズムなのでしょうが、のシーンが挿入されていて、そのシーンの、大きなお屋敷に向かう馬車のシーンだけ覚えていました。
 ぼくが、この作品を見たのは70年代の中ごろで、ぼく自身が20代だったと思いますが、たぶん、あの頃は、この、意味ありげなわけのわからなさに振り回されたのでしょうね。まあ、今でも、最後のオチに至るまで、結構笑えることは笑えるのですが、なんだかちょっと照れくさいことも事実ですね。
​ でも、振り回されたのは若い大学生だけはなかったらしくて、世間だって振り回されていたようです。実はこの映画1967年ベネチア映画祭金賞なのですね。ヒッチコックが絶賛したとかいう話もあったような気がします。まあ、「サイコ」の人ですから、さもありなん、なのかもしれません。
 とはいうものの、一体、何が評価されたのか、今のぼくにはよくわかりませんね。フロイトとか持ち出すのもなんだかですし、「心の迷宮」とかいわれても困ります。ともあれ、カトリーヌ・ドヌーブの映画だったことは確かで、裸の彼女は、まあ、堂々たるものでした。​

​ というわけで、とりあえず、彼女拍手!ですね(笑)。​
監督 ルイス・ブニュエル
製作 ロベール・アキム  レイモン・アキム
原作 ジョセフ・ケッセル
脚本 ジャン=クロード・カリエール  ルイス・ブニュエル
撮影 サッシャ・ビエルニー
キャスト
カトリーヌ・ドヌーヴ(セヴリーヌ)
ジャン・ソレル(夫 ピエール)
ミシェル・ピッコリ(夫の友人 ユッソン)
ジュヌヴィエーヴ・パージュ(娼館のマダム アナイス)
ピエール・クレマンティ(チンピラ マルセル)
マーシャ・メリル(同僚? ルネ)
1967年・101分・フランス・イタリア合作
原題「Belle de Jour」
第28回ヴェネツィア映画祭・金獅子賞
日本初公開:1967年9月30日
2022・05・17-no69・元町映画館

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最終更新日  2022.05.21 11:02:09
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2022.05.20
​​​​​クシシュトフ・キエシロフスキー「デカローグ2(ある選択に関する物語)」元町映画館​​

​​ 巨大なアパートの部屋のベランダに温室を作り、そこでサボテンのような植物を育てている、独り暮らしらしい老人(アレクサンデル・バルディーニ)の生活が映し出されます。彼が外に出るために階段を下りていくと、踊り場の窓から外を見ながらタバコを吸っている美しい女性が佇んでいます。​​
​​​ そんなシーンから映画は始まりました。女性は同じ棟の10階に住んでいて、名前はドロタ(クリスティナ・ヤンダ)でした。彼女の夫は重病で入院中であり、危篤状態に陥っているのですが、踊り場で彼女のそばを通りかかる老人はその病院で夫アンドレの主治医でした。​​​
​​ ドロタは主治医との面会のチャンスを作るために、アパートの階段の踊り場で、まあ、待ち伏せしていたわけですが、面会を許可された彼女が老医師に相談したことがびっくり仰天でした。​​
​彼女は医師に向かって、「自分が夫を愛していることは間違いないのだけれど、別の男の子どもを身ごもっている。もし夫が死ぬなら子どもを産み、生き延びるなら堕胎したい」という相談を持ちかけたのでした。​
 このシリーズには、テレビドラマだからでしょうかね、時々、こういう、まあ、ちょっとあり得ない条件設定のパターンがありますが、思考実験としては「まあ、いいか」という感じで、あまり気にはなりません。
​ で、顛末はどうなるのか、ということですが、結果的には、映画の主役は医者の方でしたね。​
​ 要するに「選択」をしたのは医者で、最初、返答を渋っていた彼はアンドレの容態の悪化の中で、ついに、堕胎を禁じますね。ただ、この映画の面白いところは、それは夫の命が風前の灯火だからの忠告だったのか、命の尊厳に対する忠告だったのか、全くわからない結末になっているのですが、どういう結末か予想できますか?​
 ぼくは、ポカンとしてしまいましたが、そこはご覧になってお確かめください。
​​ ウーン、やっぱりキエシロフスキー監督拍手!ですね。ついでに、渋いお医者さんアレクサンデル・バルディーニにも拍手!
 やっぱりこの映画は、コメディとしてみるべきなんでしょうかね。そのあたりは確信がお持てない結末でした(笑)​​


監督 クシシュトフ・キエシロフスキー
製作 リシャルト・フルコフスキ
脚本 クシシュトフ・キエシロフスキー  クシシュトフ・ピエシェビッチ
撮影 ズビグニエフ・プレイスネル
美術 ハリナ・ドブロボルスカ
編集 エバ・スマル
音楽 ズビグニエフ・プレイスネル
キャスト
クリスティナ・ヤンダ(ドロタ 妊娠している女性)
アレクサンデル・バルディーニ(老医師)

1988年・59分・ポーランド
原題「Dekalog 2」「 Dekalog, dwa」
2022・04・20-no59・元町映画館

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最終更新日  2022.05.20 00:26:14
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2022.05.19
​​​​​​​アンドレアス・ドレーゼン「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」元町映画館​​

​​​ ゲアハルト・グンダーマンという実在のミュージシャンであり、褐炭鉱山の労働者であった人物を描いた映画でした。東ドイツのボブ・ディランと言われたシンガー・ソングライターでベルリンの壁が崩壊し、東ドイツが消滅した後もカリスマ的な人気を博していた人物だったそうです。
 映画はアンドレアス・ドレーゼン監督「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」です。​​​

 巨大なパワーショベルが泥の山のような鉱山の表層を削り取っていくシーンから映画は始まりました。ずっと向こうまで荒野でした。
​ オペレーションボックスにはベテランの女性労働者が座っていて、そこにメガネをかけた金髪の神経質そうな青年がやってきます。この映画の主人公ゲアハルト・グンダーマン(アレクサンダー・シェアー)です。​
 映画はまじめな「労働者」であり、仲間と歌う「シンガー・ソングライター」であり、愛する妻と娘と暮らす「夫」であり「父」であり、父親との葛藤を生きる「息子」であるこの男を丹念に描いていきます。
 やがて、率直で正直なこの男が、国外での演奏許可と引き換えに、シュタージ(東ドイツの秘密警察)の指示の下で「スパイ」になることが描かれていきます。
 ホーネッカーの独裁体制が「密告」による相互監視を強要した恐怖社会であったことは、今ではシマクマ君でも知っています。東西統一後のドイツで告発の嵐が吹き荒れ、多くの紳士淑女、善男善女の「裏切り者」であった素顔が暴露され、スキャンダルとして騒がれました。
​ 労働者のアイドル(?)だった​グンダーマン​というシンガー・ソングライターが、その一人であったことがこの映画が撮られた動機だったことは間違いないのですが、映画が「告発」「スキャンダル」を描いたわけではないところがシマクマ君の琴線に触れました。​
​​ 思うに、人はどんな社会でどういう生き方をしようと、「小さな人間」であることを誠実に生きるほかの生き方をすることはできません。シマクマ君が、飽きもせず映画を見たり、小説を読んだりするのはその「小さな人間」たちの哀しい生き方に「明るさ」「美しさ」を見つけたいからだとおもいますが、この作品のラストシーンで、自らの「裏切り」を告白し、もう一度ステージに上がっていくグンダーマンの哀しい姿を描いたアンドレアス・ドレーゼンという監督に納得でした。​​
 チラシには「昨日より、今日がいいわけじゃない。」と書かれていましたが、コピーを作った人のこの作品の主人公や彼の人生を翻弄した社会体制に対しての、客観を装った「上から目線」をふと感じました。グンダーマンの失敗は、「安全」というもっともらしい理由のもとに、町のいたるところに監視カメラを設置している現在のぼくたちの社会にとって他人事なのでしょうか。

​​​​ ゲアハルト・グンダーマンを演じたアレクサンダー・シェアーの歌と神経質な表情、妻のコニー・グンダーマンを演じたアンナ・ウィンターベルガーの哀しい顔に拍手!でした。​​​​
​ そして、もちろん、記憶に残る作品を撮った監督アンドレアス・ドレーゼン拍手!ですね。​
監督 アンドレアス・ドレーゼン
製作 クラウディア・シュテファン
脚本 ライラ・シュティーラー
撮影 アンドレアス・フーファー
美術 ズザンネ・ホップフ
衣装 ザビーネ・グロイニヒ
編集 イョルク・ハオシュヒルト
音楽 イェンス・クバント
キャスト
アレクサンダー・シェアー(ゲアハルト・グンダーマン)
アンナ・ウィンターベルガー(コニー・グンダーマン)
アクセル・プラール(シュタージ幹部)
トルステン・メルテン(人形劇アーティスト)
エーファ・バイセンボルン(ヘルガ)エーファ・バイセンボルン
ベンヤミン・クラメ(ヴェンニ)
カトリン・アンゲラー(イレーネ)
ミラン・ペシェル(フォルカー)
ペーター・ゾーダン(古参のSED党員)
2018年・128分・G・ドイツ
原題「Gundermann」
2022・03・15-no35・元町映画館

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最終更新日  2022.05.19 02:00:53
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2022.05.13
​​クリスティアン・クレーネス他「ユダヤ人の私」元町映画館​​
​​目を覚ますとわたしは考える。まだ強制収容所にいるのか?​​
 106歳の老人が、夜中にふと目を覚ましてそう思う。収容所から解放されて70年以上もの月日が過ぎた今でもです。
​ 語っているのはマルコ・ファインゴルトという、1913年にハンガリーで生まれ、オーストリアのウィーンで大人になった人です。1939年に逮捕されたときに26歳アウシュヴィッツ、ノイエンガンメ、ダッハウ、ブーヘンヴァルトと名だたる収容所を転々としながら生き延びて、映画に映っている姿は106歳だそうです。​
 カメラの前でぼんやりと記憶をたどるような、なんだかうつろな目をしている老人が、子供のころからの思い出を語り始めました。
 子供の頃に亡くなった母の死、そして、父の死、父と母と子供たちのいる家族の姿が浮かんでいるようです。老人の眼に少しずつ生気が漂い始めます。
 笑いを浮かべたかに思える眼差しがこちらを見て、青年の日のイタリアでの暮らしが語られ、パスポートを更新するためにウィーンに戻った1938年に回想がさしかかったとき、ナチス・ドイツによるオーストリア併合の熱狂の記録が挿入されます。
​ヒットラーにしてやられた。​​
​ 兄とともに逮捕され、収容所での死の宣告を語る老人は、あたかも一人芝居を演じている名優のような深いまなざしをカメラに向けています。ふと、話すことをやめた老人が見つめているのは、生きのびることが「飢え」であった自分の姿のようです。
「ARBEIT MACHT FREI」「働けば自由になる」というレリーフが画面に浮かびあがり、収容所の様子やアイヒマンの裁判のシーンが映し出され、やがて1945年の解放の様子と、戦後の暮らしへと語りはつづいてゆきます。
​ 戦後、届けられた兄の死亡通知、ホロコーストの時代を生きのびながら消息を失った妹、語りながらうつむく老人。うつむいた老人の脳裏には、家族をすべて失った収容所帰りの男の姿が浮かんでいるのでしょうか。​
 元親衛隊の人間たちの復権を怒りを込めて語り続けていた老人の眼が、ふと、しかし、たしかに、遠くを見つめてつぶやきました。
人はすぐには死なない。
自分が死ぬのを見ながらゆっくり死ぬんだ。​​

​ 「おまえたちは煙突の煙になってここを出ていく」と宣告されて、以来、80年の歳月の間「死」を見つめ続けてきた人生が、そこに座って、ぼくを見ていました。
​​​​ 「何百万人という死者」、「奇跡的に生き残った生存者の警鐘」、「人類史上最大の悪」、言葉が消えて、一人の「人間」が座っていました。暗くなった映画館の椅子に、ボンヤリ座り込んで、彼の生と死を思いました。彼は2019年「死」を見つめ終えたそうです。「ホロコースト証言シリーズ」という企画で生まれた作品だそうです。見ようと思っていたシリーズ第1作「ゲッペルスと私」を見損ねてしまったのですが、第2作「ユダヤ人の私」には圧倒されました。ヨーロッパ映画の過去に対する向かい合い方に感動です。企画者と監督たち拍手!でした。
 先日、「東京大空襲」(岩波新書)早乙女勝元さんの訃報に接しましたが、1932年生まれの方が90歳です。もう十年もすれば戦争を体験した人たちがいなくなる時代になるわけですが、この作品から感じられる危機感を、日本の社会ではあまり感じたことはありません。軽佻浮薄を絵にかいたようなことを平気で口走る輩に、イイネ、イイネと付和雷同している風潮が世を覆っている息苦しさ、何とかならないのでしょうかねえ・・・・。​

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監督
クリスティアン・クレーネス
フロリアン・バイゲンザマー
クリスティアン・ケルマー
ローランド・シュロットホーファー
製作
クリスティアン・クレーネス
フロリアン・バイゲンザマー
脚本
フロリアン・バイゲンザマー
クリスティアン・クレーネス
ローランド・シュロットホーファー
撮影
クリスティアン・ケルマー
編集
クリスティアン・ケルマー
キャスト
マルコ・ファインゴルト
2020年・114分・オーストリア
原題「Ein judisches Leben」「A JEWISH LIFE」
2022・05・10-no67・元町映画館



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最終更新日  2022.05.13 13:41:47
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