週刊 読書案内 橋本治「桃尻娘」(講談社文庫)
橋本治「桃尻娘」(講談社文庫) 今では、もう、いなくなった人たちの作品で、だから、まあ、爺さん婆さんたちが若い頃に熱中した作品で、今の若い人たちに読書案内するならどんな作品がいいんだろう?まあ、そんな風に考えて、ピンボケだろうが、なんだろうが、この人なら、今の、高校生とか、大学生とかにも、読めるかな?と思いついた先頭バッターが橋本治です。 2000年代に入ったころ、異様なブームがありましたが、実は、橋本治の始まりは1970年代の終わりからです。当時、大学生だった、今、70代前後の、まあ、ボクたちの前に、ちょっと年上の変な作家として登場した人です。なにがヘンかって? だって、イラストとか、編み物とかしている東大出のおニーさんですからね。まあ、好き好きですから人それぞれでしょうが、たとえば、ボクなんかには、ジャスト・ミートでした。 で、今日は、まず、小説です。「桃尻娘」(講談社文庫)、「ももじりむすめ」と読みます。 大きな声じゃ言えないけど、あたし、この頃お酒おいしいなって思うの。黙っててよ、一応ヤバイんだから。夜ソーッと階段下りて自動販売機で買ったりするんだけど、それもあるのかもしれないわネ。家(うち)にだってお酒くらいあるけど、だんだん減ったりしてるのがバレたらヤバイじゃない。それに、ウチのパパは大体洋酒でしょ、あたしアレそんなに好きじゃないのよネ。なんていうのかな、チョッときつくって、そりゃ水割りにすればいいんだろうけどサ、夜中に冷蔵庫の氷ゴソゴソなんてやってらんないわよ、そうでしょ。やっぱり女の喉って、男に比べりゃヤワ出来てんじゃないの、筋肉が違うとかサ。 その点日本酒はねえ、いいんだ、トローンとして、官能の極致、なーンちゃって、うっかりすると止められなくなっちゃうワ。どうしよう、アル中なんかになっちゃったら。ウーッ、おぞましい。やだわ、女のアル中なんか。男だったらアル中だってまだ見られるけど、女じゃねえ。今から男にもなれないし、いいけどね。 マ、そんなもんなのよ、高一って。 これが、「桃尻娘 一年C組三十四番 榊原玲奈」という、橋本治の、一応、デビュー作の書き出しの第1章の全文です。 懐かしい人には、懐かしいでしょ(笑)。初めての人に、ちょっと説明すると、1970年代の東京の高校生の日常が描かれていて、たとえば、第2章の始まりはこうです。今日、アレが来た。 まあ、何が来たのか気になる方は、本書をどこかでお探しいただきたいわけですが、なかなか「ヤルナ!」と思わせる高校1年生の玲奈ちゃんのお話での始まります。 橋本治は、この作品の、ほぼ、30年後、2005年に出版した「橋本治の行き方」(朝日新聞社)というエッセイ集の中で、この作品について、こんなふうに言ってます。 大学の教授は、「私達に分かるように」と言った。それを聞いた二十一の私は、やっぱり、ひそかに舌なめずりをしてしまった。私の文体的ややこしさは、そこから始まる。私はそこで、「大学教授の理解しうる範囲」を、勝手にシュミレートし始めたのである。だから、私のデビュー作は、「女子高校生の言葉だ」だ。文体がへんであっても、言語の構造が明確で、語られるべき内容があって、「読者に対して説明する」という機能が備わっているのだったら、それは「私達に分かるように」を、満足させているだろうと、私は思ったのである。 大学の教授というのは、彼が在籍していた東大の国文科の先生のことですが、東大紛争のさなか、学部に進学してくる学生さんに、論文とか書くときに、ネタは自由だけど、「私達に分かるように」とおっしゃったらしくて、学生だった橋本君が、それを聞いて桃尻娘とか書くわけです。「女子高生のへんな言葉でも、ちゃんと分かるように書いてあったら分かるだろう」と思ってデビュー作を書いた私は、「へんな女子高生の言葉で書かれたものはへんに決まっている」という受け止め方があるとは夢にも思わなかった。 それに気がついてショックだった。「えー、あの時『こっちに分かるように書けばなんでもいい』って言ったのは噓だったの?」と、しばし天を呪った。(P72) というわけ、この作品、50年前の東大の先生には褒められなかったようですね(笑)。 もっとも、世間的には、この「へんな言葉」がブームになって、「桃尻語訳枕草子」なんていう超絶ロング・ベストセラーが生まれたりしたんですよね。大学の先生的な判断なり感想がどうだったかについて、ボクは知りませんが、「新しい言葉の世界」 を提示した、ある意味とんでもない傑作が「桃尻娘」シリーズだとボクは思いますね。同時代には、村上春樹という、もう一人の「新しい言葉の世界」を描いた人もいるのですが、二人を並べて批評する話を聞いたことはありませんが、橋本治の仕事群のすさまじさをに知らん顔して村上春樹は語れないでしょうね(笑)。 まあ、2025年とかになってのボクの興味は、今の若い人にでも、面白いのかな? なのですが、今や、新しい「へんな言葉」が当たり前なわけで、桃尻語なんて古めかしいのかもですね。思い出の一冊の案内でした(笑)。 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)