週刊 読書案内 谷川俊太郎・岡野大嗣・木下龍也「今日は誰にも愛されたかった」(ナナロク社)
谷川俊太郎・岡野大嗣・木下龍也「今日は誰にも愛されたかった」(ナナロク社) 長年、「本を読む会」でご一緒している友達に「木下龍也っていう、歌人なんだけど、知ってる?Y先生に出会ったら、『励まされた。君も読みたまえ。』って。」 Y先生というのは、その「本を読む会」で、長年お出会いしていた学生時代からの先生なのですが、まあ、お年ということもあって会にはいらっしゃってはいないので、お会いできていないのですが、まだ、まだ、ご活躍だという話を聞いて安心したり、「励まされるって?」という興味も湧いて、借り出してきたのが、今日の案内の谷川俊太郎・岡野大嗣・木下龍也「今日は誰にも愛されたかった」(ナナロク社)ですね。 話題の木下龍也単独の歌集とかではありません。「連詩集」でした。短歌―詩―短歌というふうに、連歌とか、連句の要領でバトンを受け渡すあれです。四季が死期にきこえて音が昔に見えて今日は誰にも愛されたかった 大嗣どこからか分厚い写真集が宅配で届いた猫は飼っていなかったが隣家に犬がいて垣根越しに仲良くなったが夭折した名をネロといったもう昔話だ 俊感情の乗りものだった犬の名はいまはかさえもなしみ乗らない 龍也 表紙に採用されている七七句あたりの様子です。 大嗣は岡野大嗣という1980年生まれの歌人、龍也というのが木下龍也。1988年生まれの歌人。俊は、もちろん、昨年の11月に92歳で亡くなった谷川俊太郎。本書の連詩の試みは2019年にラインを使って行われていて、後半の「感想戦」と題された「解説」座談会は三人がお集まりになって、顔を合わせて行われたようです。作者紹介で、いくつか挙げられているお二人の短歌からひとつづつ紹介します。台風が倉庫の窓を殴るのをマットの耳は歌とおもった 岡野大嗣立てるかい 君が背負っているものを君ごと背負うこともできるよ 木下龍也 ちなみに、谷川俊太郎の紹介にあげられているの「芝生」という詩です。一応、下に貼っておきますが、ボクが気に入ったのはこのあとがき。コトバについて読み返してみたら、これは人間が書いたものじゃない、日本語というコトバが主人である我々三人を差し置いて、勝手に書いたんだと思いました。コトバの奴にそんなことができたのは、我々三人が、年齢は違っていても、コトバといちゃつくことに眉をひそめたりはしない人種だからでしょう。 二〇一九年十二月二日 谷川俊太郎 連詩というのは、まあ、そんなお目にかかることがありませんが、連句でもそうですが、詩的連想ゲームですね。ただ、連句の「百韻」とか「歌仙」とかにある、案外、難しいルールはなさそうで、「コトバといちゃつく」という言葉通りのやり方のようですね。本書の連詩の場合は短歌―短詩―短歌という、それぞれ口語ですが、五七の定型句と自由律の詩句という対比もあって面白いですね。お互いの連想については、感想戦でかなりきちんと解説されていて「ああ、そうなんか。」でした。 なにはともあれ、現代の若い歌人の「コトバ」感覚と初めて出会いました。のびやかでいいですね(笑)。2025-no140-1213 芝生 谷川俊太郎そして私はいつかどこかから来て不意にこの芝生の上に立っていたなすべきことはすべて私の細胞が記憶していただから私は人間の形をし幸せについて語りさえしたのだ 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)