週刊 読書案内 長嶋有「七、八月のストローク」(講談社)
長嶋有「七、八月のストローク」(講談社) 今日の案内は長嶋有です。 たしか「猛スピードで母は」(文春文庫)という作品で芥川賞をとったのが2002年、まだ、二十代だったか、三十代になったばかりだった新鋭作家も53歳だそうです。 「夕子ちゃんの近道」(講談社文庫)とか「三の隣は五号室」(中央公論新社)とか、ぽつぽつ読み継いでいた、結構、好きな作家ですが、久しぶりに彼の最新作「七、八月のストローク」(講談社)を読みました。 面白かったですね。「長嶋さん、お上手になりましたね(笑)」 小説の感想として「お上手」がホメ言葉になるのかどうかですが、ホメているつもりです。 単行本に目次のページはありませんが、下に目次を書き出して貼りました。題名にある「ストローク」というのは、水泳をするときの、あの、ストロークです。ストローク・・・水泳で、腕で水をかいて前進するための一動作のこと 最初のページに記されている言葉です。 で、取りあえず、書き出しです。久しぶりに入った市民プールで、込山楠子(こみやまくすこ)は駅を思い出した。Gare du Nord、パリの北駅を。(ギャル・デュ・ノウ)ネイティブなフランス語が浮かびさえする。大きくとられた屋根が似ているだけなのだが。水場で空気の反響が常と異なることもまた、異国の気配に似た気持ちを抱かせるのだろうか。 ざらざらした滑りにくい材質の床を裸足でひたひた歩く。 大きなへの字型屋根の中央部分だけがガラス(強化プラスチックかもしれない)で、明かりが入るようになっている。 普段、人工のどんな施設にいっても、このように高い屋根の建造物はあまりない。倉庫にでも勤務していれば身近なのだろうが。 高速道路を使って都心を離れるとき、郊外の空いた土地に遠慮なく建てたような巨大な倉庫をみかけるが、窓のないあの倉庫群は、上まで吹き抜けだろうか、それとも細かく階が分けられているのだろうか。 吹き抜けならいいな、とみるたびに楠子は思う。自分は用もないし、入ることもないのに。 吹き抜けでかつ屋根の高い建物をみるようになったものの、完全な吹き抜けではなくてフロアは設けられており、店舗やなにかで有効に利用してしまっている。 パリの北駅だって厳密にいえば同じで、実は二階もあるのだが、印象としてはホームの上は遠くまで広く「空中」で、あとはただもう屋根だ。この市民プールは、北駅よりも規模は小さいだろうが、比率が似ていると感じられる。 また、日本の駅の多くはホームからホームへ移るときに階段を使うが、北駅も含む外国のターミナル駅は線路がずらっと並んでいる。入口から線路がいくつも並び、まっすぐに伸びていくのも、到着したばかりの、あるいは出発を待つ車両が幾台も並行に並ぶさまも、四角いプールで区切られたコースと相似している。 高速鉄道のタリスに乗ってブリュッセル、それからアムステルダムまで北上した十五年前の欧州旅行を思い出しながら楠子は腕を伸ばし、硬い膝を曲げ、首を動かす。残りのユーロがまだスーツケースに入っているが、スーツケース自体は車輪が一つバカになってしまって捨てなければならないのに、まだ押し入れだ。 もう外国にいくこともないだろう。 ずっと途絶えている創作活動を再開するにしても、世界を舞台にすることはない。さっさと粗大ごみに出すべきだ。 いや、億劫で先延ばししていることは他にも山ほどある。 今日はプールなんかに来て泳ごうとしている。それだけでも進歩だと楠子は思いなおす。(P2~P5) 長々と書き写しましたが、ついでなので、第2章のさわりも写してみます。プールに浮かんで月を見る。静まり返った真夜中の中庭。起きているのは私一人。長谷川季乃(きの)はうっとりした気持ちで月を見上げた。実際には、起きているのは季乃だけではない。樹(いつき)がいる。が、遠くに死体のように浮かんでいる樹のことは「範囲指定」して写真上から除去したつもちで、いないことにする。 いつかドラマや映画の中でみたような、絵になるシチュエーションだ。 プールに浮かぶ自分を俯瞰してみることはできないから「絵にな」っているかどうかは客観的に評価できないところだが、この豆形のプール自体は、外国の映画に出てくるようなゴージャスなものにみえなくもないはず。 季乃たちが暮らすプリーズマンションはA棟からH棟まで七階建てが全八棟、世帯数四百五十、築五十年の巨大マンション群だ。 縦二列、AB、CD、EF、GHと並ぶうち、CDとEFの真ん中、敷地全体のおよそ臍のあたりに子供向けプールがある。(P8~P9) 第1章で語られている人物が込山楠子(こみやまくすこ)というマンガ家です。場所は東京のN市にある市民プール。 第2章で語られているのが長谷川季乃(きの)という女子高生。樹君という同級生と二人ですが恋の話ではありません。場所は、多分、東京のN市にあるN市プリーズマンションの子供プールです。 実は、第1章、第2章の引用に登場する二人の女性が、この小説のどこかで出会うのかと思いながら読みすすめましたが出会いません。もちろん、それぞれの人物たちの周辺で起こる出来事や、他の人物たちとの出会いは描かれていきます。モンタージュという手法がありますが、あんな感じですね。 それぞれ、ストロークの言葉通り、プールとか海辺とかが、一応、舞台です。一応と断っているのは、この小説が、必ずしも水泳の話というわけではないからです。 それぞれの登場人物たちのある夏の物語 とまあ、そういっていいかもですが、もう一つ断っておくと、1年で終わるわけではありません。たとえば、最後の19章、ロンドンでは高校を出た季乃ちゃんが、かの地で暮らしていたりします。 下に貼ったのが目次です。小説の舞台がどう動いたのか気になって書き出してみました。プリーズマンションという老朽マンションとそこの住民たちの世界、市民プールで泳ぐ、それぞれ通りすがりの人々、ちょっと面白いのは与那国島、結局、何も起こりません。でも、それぞれの人たちのストローク、なかなか面白いですよ。繰り返しになりますが、50歳を過ぎた長嶋有、腕をあげたな・・・。そんなふうに感心しました。描き出されていく何でもない日常、読んでいて飽きないんですね。1・東京都N市民プール2・N市プリーズマンション子供プール3・プリーズマンションE棟5階4・東京都N市民プール5・A市総合体育館6・プリーズマンション子供プール7・与那国島8・N市民プール9・プリーズマンション子供プール10・東京体育館11・N市民プール12・プリーズマンション子供プール13・R大学教員室(与邦国島)14・N市民プール15・プリーズマンション集会室16・プリーズマンション子供プール17・岩手県トロピカルリゾート18・プリーズマンションE棟7階19・ロンドン2026-no065-1280 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)