お久しぶりね。短足男とシート高など。
『お久しぶりね』 2022/02/21開始ピンポーン ! 少し緊張。夕子「あら ! ね、入って ! 」村松「・・お邪魔します」夕子「・・・・・」村松「ん ? 」夕子「あのさ、こないだのこと、根に持ってるでしょ。あたしとのあいだに、溝が出来たって」村松「そんなこたないよ。優しくしてくれて、良かったって思ってます」夕子「じゃ、敬語取って」村松「ふうー、疲れ・・あ、いけね」夕子「なるほど。あたしがこないだ泣かしたから、傷になったのね」村松「夕子、それは違うよ」夕子「どう違うの」村松「あのあと、家(うち)帰って寝床で思い出して、でね、ちょっとまた泣いたんだけど、なぜかうれしくなったの。これが本当のこと」夕子「うーん。もしかして、あなたって、昔よく話してたように、甘えん坊なのかも知れないわよね。でも何んかイジメちゃったみたいな感じが残るわ。・・・ごめんね」村松「根にもってなんかぜーんぜん。ところで調子はどお ? 」夕子「おかげさまで、本当に体質が変わったみたいに元気よ」村松「良かった、ホントに。このあと何年か定年まで勤める必要もあるからね。でも、もしや、夕子は会社の一般的な定年に達しても、その、嘱託みたいにして継続するんじゃないの ? 」夕子「実はそうなるみたいなの。雇用形態はまだ明らかではないんだけど、定年は形式として一旦、退職ってことにして、事実上は研究室に残るみたい」村松「あのじゃあ、今のデスクなんかも、そのままってこと ? 」夕子「いえ、それはあたしと会社との簡単な契約めいた話し合いでも決めたことだけど、有望な後進に活躍してもらう意味からも、ポストは私がデスクを去ることにしているの」村松「かんぐるじゃないけど、夕子、お前の意思も入ってるんではないの ? 」夕子「あなたには隠せないね。その通り。特に男の人に譲って、会社を盛り立てて欲しいしね」村松「さすがだな。夕子の選んだ道は全く正解だったね」夕子「何んにも出ませんよ。お茶や食事くらい召し上がっていただくけど」村松「え ! きょうご飯出してくれるの」夕子「あ、そうだ。今週はお休みだから、泊まっていけ・・ないか。お薬もあるしね」村松「夕子、甘えついでに、俺、夜の薬、持って来た。ダメ ? 」夕子「それ先に言ってよ ! わあ、久しぶりね。ようし、そうと決まったら、善は急げ。ね、お買い物行きましょ」彼女の軽自動車に乗る。無論オートマ苦手な私は助手席。村松「車内も整然としてるね。CDがきちんとそろえてある。けど、これ聴いてる ? 」夕子「ええ、近場の買い物でもたいてい乗るとCDかける習慣になってる。どうかしたの ? 」村松「俺、耳が遠くなったから、CDはかけない。前にね、救急車の接近に気づかないでマズいと思ってからは・・」夕子「ふーん。耳がって、どうしてわかったの ? 」村松「訪問看護のたびに体温測るけど、そのピッピッっていう終了の合図が聞こえなくなった。あれ、高い音なんだよな」夕子「そうかぁ」村松「夕子は耳、いいからね」村松「両親健在の頃さ、テレビで、ちょうどいろいろな音を流して、ゲストなんかに試すコーナーがあったんだけど、俺はその時、大型バイクの免許取ったばかりだからか、あらゆる音域がハッキリ聞こえたけどさ、お袋も親父も、まな板で包丁トントンたたく音はよく聞こえるけど、高い電子音が聞こえにくいって言ってた。そして俺が両親の思いがわかる年齢になった」夕子「でもさ、日常生活は支障なしって感じよね。テレビでビデオなんか見てても、違和感ないもの」村松「うん」夕子「そう言えばさあ、またオートバイ乗るって・・」村松「うん。ただ、去年年末連絡があって、改めて修理するって言ってたけど・・」夕子「まだなのね。ははあ、あなたをみくびってるか、さもなければ、意外に苦戦してるって感じかなぁ。メインキーの不具合って、案外知識ないんじゃないかな」村松「でね、待つあいだに久しぶりに書店のバイク雑誌なんか買って見てたらさ、グラストラッカーのあとに乗りたいのがいろいろ出て来てさ」夕子「へえー ! あたしもいわゆるオートバイ手放して以来、スクーターばっかで、飽きて来たところへ、あなたの心変わりっていうか」村松「夕子こそ、子供も手が離れたし、いろいろ選べる環境だよな」ホンダCB250R夕子「でもさ、あなたの言うように、案外足着きを軽視してる気がする。そりゃあ、長身の男の人はいいだろうけど、特に女子はそんなに足は長くないもの」村松「あのさ、バイク雑誌は、信用出来ないね」夕子「そう。『足着きは問題ない』なんて抜け抜けと書いてるけど、あたしに言わせると、両足かかとベッタリが基本だからね。だいたい、シートのところなんてわざとじゃないのって文句言いたいくらい、上にカーブしてるわよ」村松「夕子、もしかして・・」夕子「乗りたいよ ! 今のオートバイ乗ってみたいよ ! 」村松「候補ある ? 」夕子「生産終了車になりがちだけど、例えばカワサキZ250SL」村松「お ! 夕子もか」カワサキZ250SL夕子「だってとりあえずシート高・車重とも、まあ我慢出来る」村松「シート高楽々とは言えなくない ? 」夕子「そうよ。あたしはゼファー750の780mmもアンコ抜きしてもらったぐらいだから、Z250SLの785mmも気に食わない」村松「まだまだ男でも身長170cm前後ってのは日本人少なくないしね。175cmあると、足着きは異なって来ると思うけど」夕子「全車種、ローダウン・パーツくらい用意してもらいたいわよ。ほんっと、それだけで、ストレスなく購買意欲が出るもの」村松「あのさ、月刊『オートバイ』なんかのレビュー出てる奴らさ、メーカーに迎合してるよ。モトブロガーの中に、たまにシート高が問題って言う人いるけど、でも反対に足着きは悪くないっていう奴が多い。『悪くない』なら、『いいとは言えない』って言い直せって言いたくなる。で、本格的にバイク乗ってる奴相手にすると、『低いシート高だけで単純に決まるわけではなく、乗車姿勢全体が大事だ』なんて反論されそうだから黙ってるけど」スズキGSX-S125夕子「あたし、料簡がわかんないのがホンダのCB125RとCB250R。購入検討中の客をバカにしてるのかって」村松「なあホントに。CB125Rの815mmって、何んだよ。CB250Rだって、チェンジして795mmだろ。ったく、腹が立つ」夕子「モンキー人気みたいけど、いかが ? 」村松「意地悪露骨に来たな ! 」夕子「違うの。あなたが子供の頃、ずーっとからかわれて来たっていうから、思いついたの。あたしはね、モンキー・ゴリラついでにダックスも余り好きじゃない。何んで類人猿系にするのよ」村松「そうだよ。ズバリモンキーは好きじゃない ! でも俺の場合はさらに悲惨だよ」夕子「何んで ? 」ホンダモンキー125。会話文中では言いたいことを言っていますが、動力性能など、見事なバイクだと思います。モンキー好きなかた、お許し下さい。村松「夕子に話さなかったっけ。俺さ、斡旋してもらって家庭教師してる時に、塾教室の・・」夕子「あ ! 思い出した。生徒たちが落書きするのって、・・・あなた、類人猿に似てるのかしら」村松「 ! ・・・」夕子「ちょっと。どうしたの ? 」村松「夕子にまでからかわれた」夕子「ごめん ! あたしはあなたの彼女よ、何十年間。類人猿そっくりだと思ったら、付き合ってないかもよ」村松「・・・」夕子「ちょっとお ! またべそかくの ! ? ほんっと、泣き虫になったね、あのね、人の顔は角度や反射光の加減で、いろいろに見えるの。アイドルだって女優だって、たいしたことないって見える写りあるもの。ところで」村松「何 ? 」夕子「家庭教師してる時に、一か月だっけ、学習塾やらされたって・・」村松「うん。あれは半ば脅迫だね。だいぶ面倒みて来たつもりだからって」夕子「ああ、なるほど。その頃、塾教室の分室に、穴があいたのかしらね。で、あなたに白羽の矢が立って」村松「買いかぶり過ぎってとこ。家庭教師はマンツーマンだからやったんで、教室には不向き。俺からの条件として、やってみて果たして不向きと判断したら、すぐやめるっていうことにして引き受けた。で、一ヶ月が限度。・・・何んの話だっけ ? 」夕子「いや、また蒸し返すなんて叱られそうだから」村松「ああ、そうか。そうそう、その時に、或る晩教室あけたら、網戸全面横一間(いっけん)の長さのとこに、チョークの巨大な文字で、『アウストラロピテクス』って書いてあるの。あ、笑ったな」(註 ; 一間は約180cmです)夕子「ごめん。あなた、話がうま過ぎるもの。怒らないで。帰っちゃイヤ ! 」村松「お前のその整ったルックスで言われると、帰りたくなくなるね」夕子「あの、失礼なことを聞くことになるかも知れないけど・・」村松「どうぞ何んでも」かつて、昭和30年代には図鑑などで猿人と紹介されていた北京原人。鼻に高さと言うべきものがない点で、不細工の私に似ています。夕子「あだ名は子供のころからずっとなの ? 」村松「いや、塾で落書きされるまで、そう、中学からは言われなかった。ま、成人に達しても似てると思われたんだから、かなり原始人それも原人、へたすると猿人かもね」夕子「なんてからかわれたの ? 」村松「あのね、佐野モンキーって、運動場の端から呼ばれるから、イヤだったんだよ」夕子「佐野 ! くくっ ! あっ、ごめんなさい」村松「いいや。しかし今頃、夕子にからかわれるなんてなぁ」夕子「違うわよ。佐野とサルをひっかけるようにしてかなって」村松「そうですよ。俺には『サルモンキー』って聞こえんだよ。それで運動場突っ切って文句言うと・・」夕子「佐野モンキーだよってゴマ化されるのかしら」村松「そう。サルじゃないよ、佐野だよって言い訳されて。どのみち、モンキーとは言われてるけど」ネアンデルタール人なども、知力のかけらもない獰猛な原始人のように描かれていた。夕子「動物のあだ名つけられるのって、屈辱じゃなかった ? 」村松「今回はチクチク来るね。ま、夕子だと腹も立たぬけどね」夕子「ね、傷つかなかった ? 」村松「まあ、イヤだったね。だって兄貴なんか、近藤正臣に似てるなんて言われたことあったし、もてたものな」夕子「あなたは誰かに似てるって、クスッ、言われたの ? 」村松「なるほどね」夕子「何 ? 」村松「こういうのイジルっていうのかなと思ってさ」夕子「あたし、今の言葉知らない。あ、今少し笑ったのかしら」村松「別にいいけどね、間借りしてる家のご主人に『佐野君は、バーブ佐竹に似てるね』って。この歌手、北京原人にそっくりだよ」夕子「ククッ ! ごめんなさい。あ、『子連れ狼』のテーマ歌った人かな」村松「そう」夕子「しとしとぴっちゃんよりこの『ててご橋』のほうがいいわ、あたし。あ、ごめんなさい、脱線して」村松「おっ、バイクのシート高の話」夕子「まだまだ六尺豊かな大男なんて少ないよ」村松「でもさ、セシールの通販カタログ見ると、ズボンというか、今ではパンツって言うのかな、俺がたまにまとめ買いするのがあって、サイズ見やすいんだよ。でね、股下が二つに分かれてて」夕子「二つ、だけ ? 」村松「うん。72cmと76cmだけ。股下がこれより短い人は、別の項目をさがすみたいけど、ためしにほかの表見てみると、72の下は69だけでさ、あと上が凄いよ。72の次が75,78,81。長身というか、足の長い人がいるんだなあって」夕子「そうかなあ。あたしの会社、チビぞろいかなぁ。170cmを大きく上回る人って少ない」村松「俺72でも裾で床掃除して歩いてるのに」夕子「くくっ ! 面白いこと言うね。受けちゃった」村松「76で既に『殿中でござる』になるよ」夕子「じゃあ、長裃(なががみしも)ね」大映昭和33年(1958)「忠臣蔵」。演出は「早撮りの巨匠」と謳われた渡辺邦男氏。旧制・沼津中学(現・沼津東高)卒。ある意味、一番凄い先輩と思う人だ。村松「おや、お詳しい。忠臣蔵思い出す」夕子「詳しくないよ。引きずるのって、両方でしょ」村松「ああ。今の長裃(なががみしも)と烏帽子(えぼし)大紋(だいもん)」夕子「さすがね。あら、足着きから股下になっちゃって、とうとう殿中だものね」沼津東高昭和44年(1969)早春発行の卒業記念冊子に掲載された渡辺邦男氏の回想文より。