情熱に身を投じる二昼夜。
一夜にして恋と哀の深みを知る。
第五十一帖 <浮舟-3 うきふね> あらすじ
匂宮は浮舟のもとに行きたくても、思うにまかせず焦れ死んでしまいそうです。
そんなある日、薫が久しぶりに宇治を訪れました。
まず寺でお参りをしてから、浮舟に会う薫。
匂宮のことを思い出し、薫と共にいるのが辛い浮舟。
情熱的だった匂宮と比べても、向き合う薫の優しさ、真面目さはやはり頼もしく思え、心が惑います。
薫はしばらく会わないうちに情緒をたたえた浮舟を見て、ますますやさしく接し、
京に造らせている家のことなどを話しました。
匂宮からも隠れ家を探したと連絡を受けている浮舟。
心変わりしてはならないと思うほど、匂宮の姿が蘇り、ただ泣きむせびます。
浮舟の涙をなかなか通ってこないことを悲しんでいるのかと思う薫。
薫はぼんやりと外の景色を見て大姫を思い出し、浮舟は匂宮とも出逢ってしまったことをなげいています。
「宇治橋の長さにも似た私達の約束は朽ちはしません。危ぶんで心をさわがせないで。」と薫。
「宇治橋の板の間がすいてあやういように、逢うことの少ない私達の仲を朽ちないものと頼みにできるでしょうか。」
薫は美しく嗜み深くなってきた浮舟を、早く京へ呼び寄せようと思うのでした。
二月、宮廷で宴が催され、薫も匂宮も参加しましたが、降りだした雪のために散会になってしまいます。
「衣かたしき今宵もや(衣を片方だけひく独り寝を今宵も)」と雪を見ながら古歌を口ずさむ薫。
「我を待つらん宇治の橋姫」という下の句を思い、聞き捨てならぬと思う匂宮。
見れば見るほど立派な薫の様子に焦燥を覚え、あらゆる手立てをこうじて匂宮は宇治へ向かいます。
雪深い宇治の道をやってきた匂宮に驚き、心を動かされる浮舟。
右近は一人では隠し通せないと、気心のしれた侍従という女房に全てを打ち明け、
薫と見せかけ匂宮を受け入れる算段をします。
すぐに京には帰りたくないと、浮舟を連れてゆくと告げる匂宮。
時方(ときかた)という部下が宇治川の向こう岸にある家が用意できたと伝えてきました。
浮舟を抱いて連れだしてしまう匂宮に、侍従が供をし、右近があとの全てを取り繕うことにします。
波間に漂う儚きものといつも遠くから見ていた小さな舟に乗せられ、匂宮を頼みとすがる浮舟。
「年を経ても変わりはしない。この川に浮かぶ橘の島の木のように私の心は。」と匂宮。
「橘の小島の木の色は変わらなくてもこの浮舟に似た私の運命は行方も知れない。」と浮舟は返します。
匂宮はこの情況にも浮舟の様子にも、全てに心をそそられ、浮舟を抱いて舟を降りました。
二日二晩、匂宮は浮舟と思うさまに過ごします。
宇治に来るのがいかに大変かを話し、薫と逢っても身を許してはならないと無理難題を言う匂宮。
「あの人はこれほどあなたを愛してはいないでしょう。」帰るときも抱き上げてゆく匂宮の言葉に、うなずく浮舟。
たまらない気持ちで匂宮が帰る足が向くのは、またしても二条院です。
思い詰めてすっかり病人のようになってゆく匂宮を、見舞う客が多く、文を書くこともままなりません。
宇治にも、あの匂宮を睨んだ乳母がやってきたので、匂宮からの便りをなかなか読むことができない浮舟。
母君はようやく薫が京へ浮舟を迎える準備ができたと連絡を受けて安堵しています。
浮舟もその日を待っていたものの、いまでは匂宮の姿や言葉が夢にまで蘇るのを辛く哀しく思うのでした。
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1 薫と浮舟 知らぬ間に
2 匂宮と浮舟 身を焦がして
最初から読んで下さっている方はお気づきでしょう。
薫、浮舟、匂宮の関係と似た事件があったことに。
薫の表の父・源氏、母・女三宮、そして真実の父・柏木との悲恋です。
柏木と関係したあとの女三宮は、源氏が驚くほど情緒をたたえていました。
人形のように頼りなかった女三宮が、柏木の恋に流され、源氏と対峙できる女性になった様は
まさしく匂宮を知った浮舟と重なります。
父が受けたものと同じ屈辱を、知らずに受けている薫。
これが因果と言わずして何でしょうか。
いけないとわかっていても、再び逢い、逃避行に身を任せてしまう浮舟。
女房にしても、やろうと思えば乳母のように、今回は拒否することもできたはず。
匂宮はそのひたむきさと美しさで、周囲の人間をも篭絡しているのです。
これもまた、匂宮の祖父・源氏が得意としていたところ。
薫の端正で崩れない愛の表現とどうしても比較してしまうのか、
匂宮の濁流のような情熱に揺り動かされる浮舟。
皇族に抱き上げて運んでもらうなど、破格の扱い。
ただし、匂宮は頭の端で「女一の宮に仕えさせてもいい美しさだ。」などと思ってもいます。
「薫の君はこれほどあなたを大事にしないでしょう。」と何度もささやくのも、
皇族の自分がここまで身を落として思っているのだということに酔う一方、
身分違いの二人の位置を確認するためとも言えます。
京から宇治へ何の前触れもなく移し放置しがちの薫。
簡単に手折り外に連れ出して思う様振舞う匂宮。
薫にせよ、匂宮にせよ、浮舟を軽々しく扱ってよい女と思っていることに違いはないのです。
浮舟はもちろん、そんな二人の男性の芯にあるものがわかっていたでしょう。
取るに足りない、ただ波間を漂うに過ぎない私。
彼女は自分を、今後どう扱ってゆくでしょうか。
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Last updated
December 16, 2004 11:55:33 PM
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