一幕は沈黙、二幕は饒舌、三幕は階段落ち とは
ジャン・マレーがコクトーに戯曲を依頼したときの言葉だとか。
さて、沈黙と嵐の支配する一幕が始まります。
【舞台の内容に触れますので、お読みになりたくない方はどうぞスキップなさって下さいね】
【双頭の鷲 第一幕】
王妃(美輪明宏さん)は、結婚式の当日、国王たる夫が目の前で暗殺されて以来、
旅から旅への生活を10年も続けていた。
旧式な儀式と皇太后を厭い、表舞台には顔を見せない王妃のそばには、
国王の旧友で王妃に親愛を寄せるフェリクス公爵(柄沢次郎さん)、
王妃の読書係で半ば皇太后の間者であるエディット(夏樹静子さん)、
聾唖の黒人武官トニー(大山峻護さん)がつき従い、
王妃の行く手には、常に皇太后の懐刀である警視総監・
フェーン伯爵(長谷川初範さん)の部下が警護という名の監視に当たっているようである。
ある嵐の夜、旅先からクランツ城にたどり着いたばかりの王妃は、
新婚のときを過ごすはずだった寝室で
国王の命日をひとり静かに亡き人と語り合っていたが、
突然、闖入者を迎え入れることになる。
それは王妃を弾劾する詩を流布した詩人にして
国王と瓜二つの若きスタニスラス(木村彰吾さん)だった…
幕が上がった瞬間から、圧倒的な美の氾濫に圧倒されるのは毎回のことですが
今回もまた、隅から隅まで、どこを見渡しても粋を尽くした造りで
うっとりと見入ってしまいます。
壁は金の貝殻で装飾され、柱はイオニア式の渦巻き型、
亡き国王を迎えるテーブルには、燭台と銀食器と長い足を持つグラスが並び
高い背もたれの玉座は、見事な織りで彩られ、
肘掛の先端には、双頭の獅子が控えていて。
可動式の小道具たちは、もちろんかの麗人が「道具部屋」と称される
ご自宅から搬入されたものなのでしょう。
王妃の纏うドレスは、特に後ろ姿の流線が麗しく。
階段にも長くなびいてよく映えています。
また、警視総監の衣装の色とマントの掛かり具合と長谷川さんの風貌は
どこかルードヴィッヒ2世を思わせて。
敵対する役同士ですけれども、お二人が並んだところは
かのハンガリー王妃と白鳥城の主のようでした。
衣装を担当されたのはワダエミさん。裁断には特にこだわられたようで、
英国ロイヤルオペラのコスチューム・カッターさんを呼んで
製作にあたられたのだそう。
このワダエミさんに関しても、鑑賞直後に興味深い新聞記事を拝見することができました。
京都は下賀茂神社境内の、糾の森にご自宅があったという生い立ちがあるのだとか。
「最初の鳥居の中にある、昔の御所の貴族の館を曾祖父が買ったの。
どんな観光地や町家より、私にはここが京都。
多くの本や映画に出会ったけれど、ここで見たり聞いたりしたすべてが
私の元になっている。
二千坪の敷地には書院造りの日本間や洋館もあり、音楽家の親類も暮らしていた。
終戦で教育方針なども大きく変換した時代の中でサルトルを読み、
コクトーの映画を見た。
葵祭に、流鏑馬神事、御手洗祭・・・、見に行くのではなく、そこに存在していた。
どんな衣装か、毎年見ているので意識的にも無意識にも影響している。
中学生から好きなヨーロッパ美術と併せて今の仕事に繋がっている・・・」
世界中で高い評価を受けておられる衣装デザイナーのバッググラウンドにある
古都から悠久に存在した神事に繋げられた確固たる美意識が
もともと自らを天上に近づけ捧げるための作業の結果である芸術の場で
華啓いているということ、天才同士のスパークを目の当たりにできるということの曉運。
舞台の上手(かみて 客席から舞台に向かって右)一番奥にある、
大きく開かれた窓からは、刻々と移り変わる空模様が
七色の雲行きと雷鳴で表現されています。
稲妻に照り映える王妃の姿の印象的なこと。
純白の衣装は、きっとウェディングドレスを兼ねた人生の喪服なのでしょう。
エリザベートという名の、同じく嵐の夜と稲妻を好む、黒衣の貴婦人がいましたけれども
やはり夜に映えるのは、自らを捧げる決意を示した清らかな色の方。
美しく見返る姿は、モデルとなったかの王妃の肖像画を思わせるにも十二分なのです。
続きはまた。
「美輪明宏さんの舞台・黒蜥蜴・愛の讃歌・双頭の鷲など」