第三幕 第一場
(宇治川のほとり。
白く広がる浮舟の衣。
松明を持った僧都と僧たち数人に続いて尼君と女房数人登場。
白い衣を見つけた僧都、近づいてみると、浮舟がいる)
僧都 大丈夫か、気をしっかり持たれよ。
浮舟 …あの方は…わたくしを…お連れくだらなかった…。
僧都 物の怪にかどわかされたのだ。無事で良かった。
尼君 心配いたしましたよ。(近づいて)でも…お顔の色が…少し良くなっておられるような…。
僧都 そなたをかどわかした物の怪は、立ち去ったと見えるな。
尼君 兄上のご祈祷のたまものでございますね。
浮舟 あの方は…物の怪などではございません…。
僧都 あの方…。そなたは…あの御方の顔を見て…何者か気づかれたのか。
浮舟 いえ…ただあの方は、物の怪でも鬼でもございません。ただ…哀れな方。
僧都 …いずれにせよ、そなたが無事で良かった。
これも観音様に守られていられるからでしょう。
尼君 そうですよ、この方は私の娘の代わりに、観音様が授けて下さった…。
浮舟 わたくしは、人形(ひとがた)ではないのです。
尼君 (よく聞こえず)ええ、なあに?
浮舟 (僧都に)お願いがございます。
わたくしの髪を、どうぞ下ろしてくださいませ。
尼君 何をおっしゃるの。
浮舟 わたくしは、二度までも、みずから死に臨もうとした身…。
このままではまた、同じようなことを繰り返し、さらなる罪を作ることになりましょう。
俗体でいることは、もはや出来ませぬ…。どうか…。
尼君 まだお体も癒えていない、そんな若い身で尼になるなんて…。
浮舟 ますます苦しくなってからでは、尼になっても勤行もままならず、甲斐のないことでしょう。
どうか、今このときに、髪を下ろしていただけましたなら、嬉しゅうございます。
僧都 わかりました。それでは、受戒をしてさしあげましょう。
尼君 兄上…。
浮舟 嬉しゅうございます。
続きます。
「源氏物語の日記」