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2023.12.24
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カテゴリ:哲学・思想

​「​ウクライナ」戦争開始以降の主な記事(PDF版)​​​​

 11月25日、立教大学で開催された​『竹内芳郎 その思想と時代』合評会シンポジウム
における登壇者の一人‐清眞人の著書に​『実存と暴力』があります。第一章「サルトルは誰によって読まれたか」の冒頭でガザ地区に関連する著書が紹介されますので、その部分を要約・抜粋します。

『サルトルと悪』‐闘争のためのガイドライン‐。著者は「ガザ地区でイスラエル人とパレスチナ人の共生の道を探り出すべくイスラエル政府の占領政策に反対し、パレスチナ人の人権擁護のために活動している夫婦のイスラエル知識人」である。

その序文の一節にこうある。自分たちがサルトルの考察に取り組んだ主要な理由は、イスラエルと中東における自由と正義と平和を求める我々の限界の多い仕事において、また世界の他の多くの地域で悪が立ちあらわれる様を読み解く上で、我々はサルトルの著作が悪と戦うためのガイダンス(その常なる一源泉)であることを見出してきたからだ 

ここで著者たち(イスラエル人夫婦)が取り上げた悪についての注釈・定義が必要・・・。

Q 悪をいかに定義するのか?

もしそう問われるなら、サルトルは悪とはどんなものであれ、「個人の自由を意図的に破壊する試みのことだ」と言うだろう。この目標を達成するためには抑圧、搾取、奴隷化、あるいは殺害が必要となる。この定義のうちには、悪の成功者は彼がその自由を軽視し、尊重しない個人を客体(モノ)にするということが含まれている。著者たち(イスラエル知識人夫婦)の中では、この意味での悪との闘争が問題となっている。

そしてサルトルの思想はこのような闘争のガイドラインを提供するというのだ。すなわち、この他者の自由を破壊する悪の暴力は、その自分の悪行をまさに善の遂行・実現のための正当なる行為として、他者の前にも自分の前にも描き出さねばならないということ。したがって、悪の暴力の立ち現われというのは、常に自己欺瞞とからくり仕掛けに満ちた動きを伴っている。

彼らの本の比類ない特色はサルトルの著作のうち、従来は文学的ジャンルに配置され、取り扱われてきている『聖ジュネ』『家のバカ息子』を、「悪に対する闘争のための特別なガイダンスを提供する書物」として、彼らの取り組む切実な「平和と人権のための闘争」とからむ実践的関心から徹底的に読み解こうとする点にある。 

したがって、この書物には、彼ら自身の政治的実践とサルトルの洞察との突き合わせが随所にあらわれる。この点でそれはいわゆるアカデミックな哲学書と趣を異にしている。

例を示そう。彼らは1989年から1990年にかけて。テルアビブの66人の教授に対して、パレスチナ人のインティファーダ(蜂起)に対して四つの質問を設定し、アンケート調査を行う

​彼らはこう書いている。これらの質問に答えることに同意したのは、わずか41名のユダヤ人教授であった。我々を驚かせたのは、教授たちの80%以上が一貫して行っているのは、サルトルが「真っ当な人々」(自らをまっとうな人間と見なす人々:補)と呼んだ人間のそれにとどまっているということであった。

イスラエルの粗野な政策の支持者も、非難者も共に本質的な点では団結していた。すなわち、イスラエル社会はもろもちろん小さな錯誤や解決を要するいくつかの実践的諸問題があるにせよ「善のおおもと」であり、他方パレスチナ人は「反乱をする叛徒」だという点で。

つまり真っ当な人々として、彼らは「イスラエルが正義であるという一般的な合意」から離れようとはしなかったのである。彼らは占領地域に存在している抑圧や搾取の状況に対して、いかなる個人的な責任もとることを拒否した。
 サルトルならば、こう言ったであろう。「彼らは存在の煩わされることなき充足に自分たちの身を任せることでリラックスすることを選んだのであろう」と。

ヴィーゼルは、パレスチナ人のインティファーダに関する彼の声明や文書の中で、「イスラエルの政策によってパレスチナ人に加えられた恐るべき苦難」については一度も語らなかった。彼の根拠は常にこうである。ユダヤ人が過去において被ってきた受難(それは死のホロコーストを含む)をふまえれば、何人もイスラエルによる「自己防衛の行動」を非難する権利を持たない。ユダヤ人を裁く権利を持ついかなる人間の法廷もありえない。ヴィーゼルは手元で起きている事柄に対しては不能になることを選ぶのだ。すなわち、「自由のためのパレスチナ人の闘争」に関しては。

​このような問題、理解を導く悪との闘争のガイダンス、それこそ著者たち(イスラエルの知識人夫婦)がサルトルから引き出すものだ

 要約・紹介は以上です。イスラエル内部でガザ地区への暴力を容認せず「平和的共存」をめざすイスラエル人夫婦がサルトル思想に深く学ぼうとしていることについて個人的な関心は大きいのですが、そうでなくても『実存と暴力』をあらためて読み直すことには意義があると感じました。サルトルの『聖ジュネ』や『家のばか息子』についても、関心のある方は是非ご一読を、と考えています。​

※そうはいっても、例えば​『聖ジュネ』の内容​についてごく概略でも紹介すべきだろうと考えました。註としてPDFファイルへリンクを張るか、​次回の記事​で紹介することにします。
(12.25付記)

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Last updated  2024.01.24 22:04:05
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