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カテゴリ:歌舞伎・伝統芸能
忠臣蔵の主人公は、大石内蔵助。
だから、内蔵助が出てくるまでは、序盤ということになります。 序盤のハイライトは、ご存知「松の廊下」。 浅野内匠頭が吉良上野介に笑いものにされて、 とうとう殿中ご法度の刀を抜き、額に傷を負わせてしまいます。 浅野内匠頭は切腹を言い渡され、お家も断絶、城明け渡しとなるのですが、 「内匠頭、なんとかガマンできなかったのか?」 と思っている人、いませんか? 実際、 「あんなバカ社長がいたら、社員はたまったもんじゃない!」 と、内匠頭を世間知らずのぼんぼん社長に例えて、酷評する人、多いです。 クライアント(上野介)のイヤミな態度が腹に据えかね、 自分さえ頭を下げればそれで丸くおさまるのに、 キれて刃傷沙汰となったがために会社(藩)がつぶれてしまう。 それによって、たくさんの社員(藩士)とその家族は路頭に迷う。 「そんなヤツにリーダーの資格なし! ましてや、血判状をしたためて、あだ討ちする価値など、全然なし!」 いろいろとストレスの多い人間関係の中、 たとえ全く責任なくても「ご無理ごもっとも」が日常的な社会。 ひたすら頭を下げ続けることも一度や二度ではなかった、という人だったら、 そんなふうに思うのって当然ではないでしょうか。 かくいう私も、 今までいろいろな「忠臣蔵」を見ていますが、 浅野内匠頭に感情移入したことって、あまりないですね。 ところが、 今回は「なるほど~、こりゃ仕方ないかも」と思わせるものがありました。 さすが歌舞伎っていうか、 何百年も続いているお芝居っていうのは、 話にムダがなく、かつ人を動かす偶然と必然の配置が絶妙! 「仮名手本忠臣蔵」の場合、 最初にキれるのは、塩冶判官(=内匠頭)ではなく、 彼と同様に御馳走役を仰せつかった桃井若狭之助。 高師直(=上野介)の癇にさわり、彼は無視されたりイジメられたり。 若気の至りというか、単純というか、 瞬間湯沸かし器よろしく、もうつかみかからんばかり。 「殿中」ではなく「境内」ではあったものの、刀の柄に手がかかります。 そこを割って入ってとりなしたのは、 誰あろう、塩冶判官なんですよ。 この人、けっこう落ち着いてる人なんです。 でも若狭之助が師直につっかかったことは、すぐに噂になります。 若狭之助も、師直に恨みをはらしたい、とやる気マンマン! 危機感を抱いたのは、桃井家の家老・加古川本蔵です。 この人、若い主人には「そうです、バッサリおやんなさい」と励ましておいて、 自分は師直さんのところに一直線。 たくさんの「おみやげ」を持って、 「よろしくお願いいたします」と持ち上げること持ち上げること。 師直の家来にも、袖の下を欠かしません。 たいそうなおみやげに気をよくした師直、 松の廊下で若狭之助に出会うと、ヒザつき両手つき、平謝り。 180度態度が変わった理由を知らぬ若狭之助は、拍子抜け。 「仕返し」の気持ちも失せてしまいます。 そんな様子を衝立の陰から見守るは、加古川本蔵。 好首尾に胸をなでおろします。 いや~、いい家来だ~! 人の心の機微を知り尽くし、 カネを使うTPOをわきまえている。 こういう人が番頭に控えていると、ぼんぼんも会社も安泰だね~。 では、 塩冶判官の場合は? からんでくるのが、「顔世御前」という塩冶判官の奥さんです。 昔、女官をしていたという顔世さん、 賢女であり、美女であり、なかなか色っぽい人妻でありました。 師直さん、 顔世さんにラブレターなんか出しちゃってるの。 「奥さんにソノ気があるなら、ダンナの面倒ちゃんと見てあげるよ」みたいな。 いわゆるパワハラです。 顔世さん、 ラブレターをダンナに見せて「ひどいのよ、あいつ」と すべてを明らかにしちゃおうか、とも思うんだけど、 コトを荒立てるのもよくないかなー、と、(このへん賢女?) ダンナには言わず、 「マジメな女は浮気しないものです」的一般論の和歌を送るのよ。 すると師直、これをイヤミととったか、 とにかくフラれちゃったわけで、頭に血がのぼり、 「顔世、ダンナにチクったな~!」と早合点、 お役目を果たそうと目の前に控えている塩冶判官を見るなり、 「お前、オレのこと鼻で笑ってるだろ?」とネチネチ難くせつけ始める。 そうとは知らぬ塩冶は、師直の「乱心」のわけがわからない。 ポカンとしちゃったり、ジョーダンかと思ったりで落ち着き払ってるから、 「涼しい顔して、とぼけるな!」と師直はますます怒り心頭。 イジメもエスカレートして、 一国一城の主を捕まえて「井の中の蛙」、「鮒侍(ふなざむらい)」とののしる始末。 一度はガマンの限界に達し、刀に手がかかった塩冶も、 「ここで刀を抜けば、お家は断絶ですぞ」と釘をさされ、 「失礼の数々、お詫び申し上げる」と歯をくいしばって頭を下げます。 ところが師直はいよいよ図にのる。 なおも口さがなくいびりまくったために、 とうとう塩冶、プッツンしてしまうのでした。 ここで話の作りがうまいなー、と感心したのは、 若狭之助には加古川本蔵という番頭さんがいたけど、 塩冶判官には誰もいなかった点。 彼の懐刀である大星由良之助(=大石内蔵助)は国元、 この日、お供をするはずだった早野勘平は、 なんと腰元といちゃついて遅刻、という設定。 若狭之助に比べ、塩冶はわりと判断力のある名君だったと想定されます。 その「過信」「油断」が、 この悲劇につながったということが、リクツというか感情でわかる仕組み。 また、 通常吉良上野介はとにかく金に汚く、 質素倹約励行で賄賂を好まぬ浅野にいやがらせをした、 また、「赤穂の田舎侍が」という上から目線でいじめた、 というのが通常のキャラだけど、 ここでは 師直はののしりながらも自分のことを「東夷(あずまえびす)」などと名乗り、 顔もけっこうワイルドにメイクしてあることもあって、 師直=関東武士の田舎者 塩冶=関西のみやびな文化人 といった構図が浮かび上がってきます。 つるんとした白いお顔(そういうメイク)の塩冶判官に向かい、 「なに澄ましてやがんだ!! 関東の田舎者とは話もできないか?」みたいな遠吠え。 コンプレックス丸出しです。 ほら、よくいるじゃないですか、 「自分は何一つ悪いことしてない。だから何もこわくない」みたいな人。 塩冶さんってそういう人だったんじゃないかしらん。 たしかにいい人なんだけど。正しい人なんだけど。 カワイクないっていうか、とりつくシマがないっていうか。 なーんか、感情がないっていうか本心が見えないっていうか。 師直、「こいつがベソかく顔を見たい」と思っちゃったのかも。 それでよくあることだけど、 じっとガマンしていた人は、いったん爆発したらどこまでも行きますからね。 塩冶も、怒らせたらタイヘンな人物だったんです。 何せ、「自分は何も悪くない」んだから、どこまでも行きます。 刃傷沙汰はいわゆる確信犯、となれば切腹なんかヘでもないですが、 「この無念をはらせ~!」といまわのきわに由良之助とアイコンタクト、ですからね。 マジメな人は、コワイです。 「殿中でござる!」のシーンにこめられた様々な人間模様。 本当の「事件」で、 浅野が吉良に切りつけた本当の理由と離れ、いろいろ脚色しているんでしょうが、 だからこそ、 観客の1人ひとりが「なるほど」「そうか」「わかる」と 共感できるお話に仕上がっているのではないでしょうか。 明日は、 切腹を命ぜられた塩冶判官が「由良之助はまだか?」と 大星由良之助を待ちわび、 かけつけた由良之助と対面する場面について。 「アイコンタクト」もそうですが、 命が尽きた塩冶判官の遺体を丁寧に始末する由良之助の仕草が また素晴らしい! 泣けました。 そして、 ヘンなこと考えちゃった。 どんなヘンなことかは、また明日! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.10.13 12:28:03
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