店名を見て、なんとなくどきどき。
吉原大門近くに店はあり、土手通りの向こう側真正面は、【土手の伊勢屋】、隣に【桜なべ・中江】や無名だけど趣のある建物のそば屋【大むら】が見える。
こんなところにそば屋があったんだ。浅草近辺で飲み食いしている女性のブログを見るまで知らなかった。
営業してない日があったりして、実は3度ほど空振りしている。
【吉原大門蕎麦自然薯】 台東区千束4-37-12
紹介ブログ
今は無き銀座の会員制の寿司屋の店主がのんびりと開いたそうで、「蕎麦」が店名に入っているが、実際に扱っているのは手打ちの「もり」一種類だけ。
寿司が本職だが、近隣の寿司屋に遠慮しての店名のようだ。
ちなみに【そばとろ】と読ませるようだ。
「食べログ」に登録したのも、このブロガーのようで、ランチ営業しているようなので食べてみることにした。
ランチタイムは『鉄火丼』\1,000(限定5食)と『もりそば』\800(限定20食)の2種。
先客0、7席あるカウンター席に座る。後で入った客は奥のテーブル席に入って一品料理を所望。混雑状況によるのかもしれないが、OKだった。
私は『もりそば』を注文。最初に辛めのお稲荷さんと、とろろが出てくる。
そして『もりそば』。
味はいい。なんというか、やさしいおいしさだ。
ただ、そばが短く切れていたりしてそば職人のそばじゃないな、と感じるところもあった。
やはり、酒肴を楽しむのがこの店の本質だろうから、次回は夜にでも。
ごちそうさまでした~
※ 2010年2月閉店
※ 2018年8月21日追記:
池波正太郎 「東京のうまいもの」 平凡社 1996年6月19日初版
p74(写真)& p90-p91(本文)
” たまさかに、
(今夜の仕事は、そう骨は折れない)
そうおもうときは、鮨屋で酒をのんで帰る。そんなときに行くのが【幸寿司】と【菊鮨】
である。
(中略)
【菊鮨】のほうは、かねて知人からすすめられていた店だったが、ひとりで、はじめて出か
けたとき、その知人の名前をいわなかった。
去年亡くなった先代の細井美智雄は、裏表のない、まことにさっくりとした人柄であって、
この人が亡くなったときは、常客がみな悲しんだ。
おかみさんともども人情に厚い東京人を、そのまま、
「絵に描いたような・・・」
夫婦だった。
いまは、二男が跡をついで、二代目になったわけだが、私にとっては、この二代目の鮨
のほうが、好みに合うような気がする。
先代もうまかったが、私の口には二代目のほうが合う・・・と、こう書いても、きっと
先代は目を細めてよろこんでくれるにちがいない。
この店のハマグリ・・・これだけは、どこの鮨屋でも、私はまだ見たことがない。
柚子の香りがただようハマグリの煮つけのうまさは、まったく、私にはこたえられない。”
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※ 2018年9月2日追記:
馬場啓一 「池波正太郎が通った[店]」 いそっぷ社 2009年11月20日初版
p20-p21
” ご常連さんらしきお客・・・
「入り口にあるのが、あれが池波先生の絵なんですよ。あるときどっさりお持ちに
なりましてね、そのうちの何枚かがここにあります」
・・・
「池波先生のお相手は専ら親父がやっていました。もう亡くなりましたがね。」
ご主人の細井信三氏が遠くを見るような目つきで言う。・・・
・・・
「良いお客様でしたね。長くご贔屓いただいてありがたく思っております」
・・・
「何でも召し上がる方で、特に好き嫌いはありませんでしたね。お酒もうちでは
ほどほどで」
・・・
☆。・。・゜★。・。・゜☆。・。・゜★。・。・☆・。・゜★。・。・゜☆。・。・゜★
実は、この店が今回もお休みだったらどうしようかな? と、近くの別の店の候補を調べていた。
それがこちら↓の店。
あの、辛口評論の
J.C.オカザワ氏が食べたそば屋だ。
食後、とりあえず写真だけでも撮っておこうと向かったが、色町の中を突っ切っていくわけだから、気恥ずかしい(笑)
店の中はガラス越しにちょっと見えるくらいだったが、女性客は見当たらず、スーツ姿の客が多いような感じだった。
こんな場所でスーツ姿? お店関係者なんだろうね。