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ガムザッティの感動おすそわけブログ

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gamzatti@ Re[1]:「ムー」「ムー一族」(05/28) ひよこさんへ 訂正ありがとうございました…
ひよこ@ Re:「ムー」「ムー一族」(05/28) ジュリーのポスターに向かってジュリーっ…

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gamzatti

gamzatti

2012.12.28
XML
カテゴリ:歌舞伎・伝統芸能
尾上菊五郎・菊之助が初役で演じる「籠釣瓶花街酔醒」を観たくて行きました。
(観劇自体は南座より前)

今度中村勘三郎追悼で急遽年明けで上映することになった「シネマ歌舞伎」でも
この「籠釣瓶~」をやります。
このときは勘三郎と玉三郎。

田舎の商人で顔じゅうに疱瘡のあとがある、という設定の佐野次郎左衛門が、
吉原一のおいらんである八ッ橋を請け出す寸前にこっぴどく振られ、
その恨みで数か月後に八ッ橋を妖刀で斬り殺してしまうというお話。

八ッ橋は売れっ子だけど、玉三郎は「誇り高き」おいらんというより、
人と人との間をさまよって廓に流されついたような主体性のなさを強調、
そこがかえってはかなさ、せつさな、可愛さを醸していました。
勘三郎は「いかにも」な、都会擦れしていない純朴な田舎商人として演じています。

今回、菊五郎は初役です。
彼は次郎左衛門を
吉原の華やかさに度肝を抜かれたおのぼりさんというよりも、
田舎の人間だってそれなりに作法をわきまえれば洗練されていくものだよ、という
自分に自信のある男として演じます。

そんな次郎左衛門に対し、八ッ橋は一刀両断で「いやでござんす」と
公衆の面前で身請け話をドタキャン。
八ッ橋を見せて自慢しようと地元の人間を連れてきていた次郎左衛門は
面目まるつぶれです。

彼は彼で廓で「田舎者」と言われぬように、
「きれいに遊ぶ」客として自分を高めていったのだから、
おいらんと本気の恋を望んでいたとは思われたくない。
けれど、「いやな客」とだけはとられたくない「研鑽」のすべてを否定されてしまう。
そんじょそこらのお客より金ばなれもいいし、廓の衆は彼を称賛していたのだから、
本当に愕然としたことでしょう。
「なんで今さら。そんなことなら最初から言ってくれればこっちだってそのつもりで」と
文句の一つもいいたくなります。

実は八ッ橋、
自分によくしてくれた客として、次郎左衛門に感謝の気持ちがあります。
だから、ここは「芝居」。
でも芝居とはいえ真夫である栄之丞に心中立てするからには、
あちこちのお客にいいように媚びを売ったりするのを潔しとしません。
だから悪いと思いながらも決然と「芝居」するんですね。

玉さんの八ッ橋は、
まあどうせお客なんだし、エイギョーでおだてもすればつれなくもするのが廓のならい、
向こうだって、商売女のコトバなんかハナから本気で聴いたりしないはず、みたいに
ウソをついてる、だましてる、という感覚がない。
玉三郎は、この八ッ橋を「助六に出てくる揚巻とは異なるタイプのおいらん」と位置付け、
役作りしたと述べています。

しかし菊之助の八ッ橋はそれとは違う解釈です。
「所詮売り物買い物」という次郎左衛門の言葉は、逆に
八ッ橋の喉を、小骨のようチリチリと突き刺したに違いありません。

「売り物買い物」にだって、心はある。

「芝居」で始めたはずなのに、最後は「カネの力でどうにでもなると思いなさんな」っていう
本気のタンカになっていく。
それこそ「売り物買い物」の女として生きねばならぬ日頃のうっぷんが、
この場面に収れんされていく必然性が、菊之助の八ッ橋には見えるのです。
そこが玉三郎の、あまり自分というものを持たず、
やりたいことといえば愛する男にいい着物買ってあげちゃったりすることくらいで、
フラフラと周りの者のいいようになってしまう八ッ橋との、決定的な違いです。

どちらが好みかっていうのは、人によって違うでしょうし、
まず「いい男代表」の菊五郎が、「顔はあばたの田舎者」になること自体にムリがある、
という違和感もぬぐえません。
弱きものが窮鼠猫を噛む的に復讐するというよりは、
最初から自尊心と翳りを秘めた男として存在する次郎左衛門は、
菊五郎がなるべくしてなったキャラクターともいえます。

菊之助は、
苦界に身を沈めても、自分を失わない女が似合います。
御園座でやった「伊勢音頭恋寝刃」のお紺は「武家の娘」という出自が色濃く、
その「女のプライド」が二重三重の「実は」とあいまって、ものすごく魅力的でした。

ただ今回も含め、どんなおいらんをやってもあまり違いが出ません。
若いから、解釈も一直線なのでしょう。
水に馴れ、やさぐれていく女の臭いが漂うには、まだまだ時間がかかるのかもしれません。

これから経験を積んでいくうち、違うタイプのおいらんも演じるようになるその日を楽しみにします。

三津五郎丈の「奴道成寺」は、「娘道成寺」の男性バージョンとでもいいましょうか。
何かの本に書いてありましたけれど、
「立ち役も道成寺を踊りたかった」んだなあ、と。
それでつくられた演目なのだと実感しました。
それほど、「道成寺」という演目は、踊り手にとって一つの高みなのでしょうね。

*今回、昼の部は見ませんでした。
私、「御贔屓勧進帳」ってどうも好きになれなくて。
「首のイモ洗い」っていうの、リアルに感じちゃうほうなんで。あしからず。





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Last updated  2012.12.30 23:42:28
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