茶木の音楽紀行 64
我々は帰りに大聖堂の前を通り掛った。夜に初めて見たが、綺麗にライトアップされて夜の空にその巨大な石の姿をより一層大きく見せて聳えたっていた。僕はまた立ち止まってじっとそれを見上げた。何度通り掛かっても立ち止まってしばらく見上げてしまう。「その昔はこの町は殊更信仰の厚い所で、4世紀に最初の大聖堂が立ったんだけど何度も消失して、今の大聖堂は1248年に町全体の人たちが費用を出して建て始めたんだけどもちろん完成するまでに何百年も掛かるから途中で費用がなくなっちゃったのよ。それでその後600年も未完成のままだったんだけど、ナポレオンの支配から解放された時、ゲーテの呼び掛けでまた建設が始まり、1880年に今の形に完成したの。だからこの大聖堂はドイツ統一と愛国心の象徴でもあるわけ。その後先の世界大戦で14回も爆撃を受けて天井に穴が明いたけど崩れなかった。そして戦後元通りに復興したの。」「へー!最初建設を計画した人たちは設計した人も含めてこの雄々しい姿を見る事が出来ないのが分かっていながらお金を出して夢を託すんだもんね。そして何百年もの年月を経ていろんな人々の思いが練り込まれて不動の建物になる、そういう長い長い歴史なんだね」と僕は言いたかったがうまくは行かなかった。我々は最後にもう一度大聖堂を見上げた。駅に戻り「今日はどうもありがとう、とても楽しかった」と僕が礼を言い、「ええ、私もよ、もっとトシが話せるようになったらいろんな事を話たいわ」と彼女は言って微笑んだ。もちろん彼女は精神的に不安定で、気難しい所の有る人だったが、何かしら僕と彼女で同じ部屋を共有出来る部分が有るような気がした。 つづく