テーマ:京都。(6081)
カテゴリ:京都歩き
【2016年1月3日(日)】
天気のよい暖かい一日でした。3月から4月の陽気だったとのこと。今年になってからも気候がなんか変です。 初詣に行ってきました。初詣はいつもそんなに遠くには行きませんが、行く神社は毎年変えています。 今年は、向日市の向日神社へ、。私も普通の参拝には行ったことあるし、去年の年末にも、「買い物ついで散歩」で寄りました。しかし初詣は初めて。自宅からは車で20分くらい。 往きに郵便局に寄って、休日対応窓口で年賀状のエアメール便分を出しました。これで、昨日の国内分も含め、ようやく年賀状投函完了。「サンデー毎日」なのに年賀状投函が、年を越してしまいました。今年は早く仕上げることができるようにしなければ。 エアメールの料金が一通110円で高いなぁと思ったのですが、値上がりしたのかなと思い、疑わず支払い。帰ってからネットで調べてみました。封筒に入れてあっても、Greeting Cardと書くか、その旨窓口で伝えれば一通90円とのこと。今までGreeting Cardと書かなかったのですが、お正月だし、いっぺんにたくさん出すので、こちらから言わなくても、窓口の人がGreeting Cardと判断して90円にしてくれていたのでしょう。一つ賢くなりました。 向日神社の駐車場は参道を上りきったところにあるのは知っていたのですが、参道の入口に来て、車が全然参道を行き来していないので、お正月は侵入禁止かと思い、少し離れたスーパーの駐車場に停めて歩きました。参道を歩いていると車が入ってきたので、問題なく通れたようです。でも、趣のある長い参道を歩くことができたので、結果的に正解でした。 向日(むこう)神社は、延喜式神明帳(じんみょうちょう)に記載される式内社の一つで、養老2年(718年)に社殿を改築したという記録がある歴史のある神社です。 参道入り口の大きな絵馬と鳥居 御手洗場は少し列ができていましたが、作法どおり清めました。 舞楽殿と御神矢 古いお札やお守りを返納した後、参拝。 拝殿 拝殿・本殿側面 この前の京都検定の問題にも出てきましたが、本殿は明治神宮本殿造営の際のモデルになりました。 参拝後、御札と家族全員のお守り、交通安全のお守り、御朱印をいただきました。 おみくじ 半吉でした。 おみくじは結びました。 おみくじを境内に結ぶようになった理由は、神様や仏様と縁を結ぶためと言われています。また、木に結ぶことによって、もともと神様と深い関わりのある「木」の力をお借りするという意味をこめて、「木々の生命力にあやかって、願い事がしっかり結ばれる(結実)ように」という願いをこめたという説もあるようです。 他にも、「凶のおみくじを利き腕と反対の手で結べば、 困難な行いを達成することで凶が吉に転じる」という言い伝えもあります。 帰るころには、御手洗場は長蛇の列になっていました。 境内社の勝山稲荷神社 狛狐が可愛く着飾っていました。 参道入り口近くの「説法石」 京での日蓮宗の布教を禁止されて西国へ追放となった日像上人が、徳治二年(1307)頃、この石の上に座して西国街道を行き交う人々に説法をしたと伝えられています。 五辻(いつつじ)の常夜灯 【説明板から】 五辻の常夜灯は、慶応元年(1865年)5月に京都の千眼講(柳谷観音楊谷寺へ参拝する団体の一つ)によって建てられた石灯籠です。西国街道に沿った向日町の町並みは、京都から西山の社寺への参詣者でにぎわっていたため、楊谷寺へ向かう「柳谷道」の起点となる五辻に一対の大きな石灯籠が建てられました。 江戸時代終わりころから眼病によく効く水が楊谷寺にあるといわれ楊谷寺へ参詣する人々が増え、京都から「柳谷道」の起点となるこの地になったようです。 道の南側にあった一基は昭和初期の府道西京高槻線(物集女街道)建設時に移設されました。現在は長岡京市梅ヶ丘にあります。北側の一基も昭和44年ごろの歩道工事で撤去・移設されましたが、ポケットパーク整備に合わせて五辻によみがえることとなりました。 駐車場に戻るとき異様な物を発見しました。 下記「散歩日記」のほうに書きました。 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201601030006/ よろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021/06/11 02:53:49 PM
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