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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2024.04.08
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​乗代雄介「皆のあらばしり」(新潮社)​
 ​​​​2021年「新潮」10月号に掲載された作品の単行本化ですが、文庫はまだありません。その年の芥川賞の候補作らしいですが、これで3回目の落選です。​​​​
​​​​​​​​​​​​​​​ 「十七八より」(講談社文庫)群像新人文学賞でデビューして以来、「本物の読書家」(講談社文庫)野間文芸新人賞「旅する練習」三島由紀夫賞坪田譲治文学賞のダブル受賞、で、「最高の任務」(講談社文庫)が2019年、「旅する練習」(講談社)が2020年の芥川賞の候補作になって、今回案内している「皆のあらばしり」3回目、ちなみに、2023年には「それは誠」(文藝春秋社)4回目の候補になりましたが、やっぱり落選でした(笑)。​​​​​​​​​​​​​​​
​ というわけで、「皆のあらばしり」ですが、今回は書き出しではなくて50ページあたりからの引用です。​​
「青年は小津安二郎は知っとるか?」
「映画監督だろ。」
男が黙って指さしたところには小津久足という名前があった。
「小津久足は、伊勢の松坂の豪商、干鰯問屋湯浅屋の六代目当主や。家業の傍ら、歌に国学、紀行文と文事を重ね、歌は約七万首、蔵書は西荘文庫として残っとる。あの滝沢馬琴にも、その博識と文才を認められた友人として知られる江戸の文人や。『南総里見八犬伝』ぐらい読んだことあるやろ。」
「ない」
「そうかいな」男はそんなことは織り込み済みだとばかりに言った。「しかし、自分を偽らんのが青年の見込みあるところやがな。下に偽るならまだしも、上に偽って背伸びされたら話が一向通じんから困ったもんやで」
「あんたはいつ読んだんだよ」
「いつやったかな。青年が今、高二やろ。高一ぐらいで読んだんとちゃうか」
学年を教えた覚えはなかったけれど、後輩にも会ったし、どこかで察したのだろう。
「ほんとかよ」とぼくは言った。「下に偽ってるんだろ」
「そう思わせたらこっちのもんやけど、まあええわ。話を戻そうやないか。その小津久足の、母違いの弟の孫が小津安二郎なんや」
「その人がどうしたんだ」
「その小津久足の著作として」と指をすべらせ「ここに「陸奥日記」と「皆のあらばしり」が一点ずつあると書いとるわな。このほんまにしょーもない蔵書目録、何を大層に目録やっちゅう漢字やけど、唯一おもろい、掃き溜めに鶴はこいつや」
​​​​​ ​とまあ、こういう感じなのですが、小説の登場人物は、ここにいる「男」「ぼく」、舞台は栃木県にある皆川城という、室町時代の山城の城跡の公園です。二人は、ある日、偶然、その公園で出会います。「男」の名前は不明ですが、やたら、歴史に詳しい、単身赴任のサラリーマンで、「ぼく」は地元の高校2年生で、歴史研究会のメンバーです。​​​​​
​​​ で、「ぼく」の一人称で書かれているわけですから、「ぼく」がこの文章の書き手ということになりますね。ただ、他の作品のように日記であるとか、手紙であるとかいう形式が選ばれていないところが、この作品の特徴ですが、実はここでは、もう少し違う形式が導入されているのですが、気になる方は、まあ、読んでみてください(笑)。​​​
​​​​​ そのほかの登場人物は、同じ歴史研究会の後輩の竹沢さんだけです。古くからの造り酒屋だった竹沢酒店の娘です。彼女が登場して「ぼく」に呼びかけるシーンで。初めて、ぼくの姓が浮田君であることがわかりますが、名前はわからなかったと思います。​​​​​
​​​​​​​ で、小説の不思議な題名である「皆のあらばしり」は、引用でおわかりのように、小津久足という江戸時代末期の文人が残した草紙ということなのですが、今、が見ている蔵書目録竹沢酒店にあったものです。ちなみに、お調べになればわかりますが「あらばしり」は、新酒を絞る時に、絞らなくても出てくる最初の酒のことだそうです。​​​​​​​
​​​​​​ で、最初の謎が、「皆のあらばしり」などという草紙が果たして実在するのかどうかでした。「偽書」といういい方がありますが、この「皆のあらばしり」は真書なのか、偽書なのか、男と浮田君の二人が、まあ、そのあたりをめぐっての会話劇で読み手を引っ張るわけですが、この作家得意の「オチ」まで来ると、小説の「語り手」も含めた手の込み方というか、実に技巧に徹した工夫が凝らされていたことが分かって、チョット啞然とします。​​​​​​
​​​​​​​​​​​​ まあ、おすきなかたは膝を叩いて、という所でしょうが、ボクは「書く」という行為の信憑にこだわり続けているらしいこの作家の実験作の一つというふうに感じました。
 サリンジャーの最後の小説ですが、「ハプワース16、1924年」(新潮社)という作品があります。シーモアという、すでに、死んでいるが、まだ7歳だった時に両親に向けて書いた手紙を、大人になって作家になったバディが、そのまま写して小説作品にしたという不思議な作品ですが、​あの、方法に少し似ていますね。
​「書く」行為から「書き手」を消す​
 にはどうしたらいいかということが、乗代雄介の実験のようですが、さて、うまくいっているのでしょうか。まあ、それにしても、あれこれ頑張っていますね(笑)。


 追記
 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)​​​

 
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最終更新日  2024.04.12 23:09:49
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