テーマ:暮らしを楽しむ(383720)
カテゴリ:料理・おやつ
今日は、旦那が飲み会だから、「手抜き」・・・
というわけではないけれど(ま、それもあるけど)、今日届いたお中元がそのまま晩御飯になりました。 それは、これです。 トウモロコシは、皮つきのままレンジでチンした方が、甘くて美味しいと聞いていたので、試してみたのでした。 おっ、美味しい。 何分くらいか、確認したサイトには、左側の付け根のところを切り落とす、と書いてあったけど、なんとなく、皮だけ切り目を入れて、ずるっとむいて食べてみました。 ここを持つと食べやすいし、皮の中に隠れている実まで全部食べることができたので、大満足です。 食べた後でお礼の電話を入れたのだけど、「生でも食べることのできる品種」だったそうです。渋みが少ないのかな? 5分と書いてあったけど、念のため5分半加熱していただきました。 そういえば、今日の3時のおやつは、ミニトマトひと袋だったし、お昼は野菜たっぷり冷麺、朝ごはんは、ゴボウの甘辛煮と昨夜のパスタの残り(弁当)。 美味しいものばかり頂いた一日となりました。 シアワセ~~ 今日は、とても暑い一日でしたね。昨日までが、雨とか曇りとかで、比較的気温が上がらなかったので、今日は特に暑く感じました。 かな書サークルも、いつも通り楽しかったです。最初は雑談から入るのですけど、その雑談がまた楽しい。先生のちょっと恥じらいながらのおもしろ体験談なども、最高。 二時間があっという間でした。 今年の作品展に予定している和歌の試し書きも、見ていただき、「この調子でがんばってください。」と言われましたよ。 〇 移りゆく 時見るごとに 心いたく 昔の人し 思ほゆるかも 大伴家持(巻20 4483) この歌、若いころにいろんな浮名を流した相手のことを思い出して詠んだのかと思ったら、まったく違ったので驚きました。 この歌は、757年に詠まれたのですが、その前年に聖武天皇が崩御し、頼みにしていた橘諸兄が757年の1月7日に亡くなり、その七日後に詠まれた歌なのだそうです。 この後、諸兄の息子奈良麻呂が、政敵の藤原仲麻呂を暗殺する計画をたてたけど露見して、家持とも親交のあったたくさんの人が獄死したり、流罪になったりしています。 家持も、地方に飛ばされたりしますけど、中央では、政権を握った仲麻呂が道鏡により力を失い乱を起こして、鎮圧される。その道鏡もまた、孝謙天皇が亡くなられた二年後(772年)には地方に左遷されて亡くなります。 そんな中で家持がどのような思いで過ごしていたのか、想像するしかできませんけれど、785年に68歳で亡くなったときにも、藤原種継暗殺事件にかかわっていたのではないかと疑われているので、中央政府にたてつくような活動を、隠れてやっていたのかもしれませんね。 とにかく、亡くなった直後に発覚したため、なんと二十日間も埋葬することを禁じられて放置され、息子も流罪、死後冠位ははく奪されました。恩赦を受けたのは、なんと死後20年以上たってからのことらしいです。 こういうことを考えに入れると、上の和歌は、まったく違って見えてきますね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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