テーマ:京都。(6103)
カテゴリ:京都検定1級受検勉強
天台宗とその寺院編#1の解答です。
不正解だった場合は▲とし、その後に正解を記入しています。 ●天台宗 ・中国の(▲天台智者大師智ぎ)を高祖とし、(伝教大師最澄)を宗祖。 (「ぎ」は偏は山の下に豆、旁は頁) ・(草木国土)にいたるまで(仏陀)の生命の顕れであるとする(仏性の開発)に 努め、(自利利他)のため、現実世界に(仏界)を実現することを教義とする。 ・平安中期、(良源<慈恵大師・元三大師>)を中興として発展し、やがて比叡山 から(栄西)(法然)(親鸞)(日蓮)(道元)(一遍)(空也)ら鎌倉仏教の 祖師たちが輩出した。 ●三千院 ・前身は(最澄)が(比叡山東塔)に建てた草庵とされる。 ・貞観2年(860)には(▲承雲)が最澄自作という薬師如来像をお堂に安置して(円融坊) と呼び、のちに(東坂本)の(梶井)に建てた(円融院)(のちに(円徳院)と改称) を里坊とするのに対して、本坊となった。 ・大治5年(1130)に(▲最雲法親王<(▲堀河天皇の皇子)>)が円徳院の門主となって 以来、(梶井門跡)として(妙法院)(青蓮院)とともに(天台宗三門跡)の一つ となった。 ・重文の阿弥陀堂は久安4年(1148)の創建で、正しくは(往生極楽院阿弥陀堂)。 ・客殿の南側の庭は(聚碧園)と称され、冬でも凍らないという(▲華厳恩愛の手水鉢) が著名 ・宸殿南側の(瑠璃光庭)は杉苔が特徴的で、その東側いは(有清園)と呼ばれる (▲細波の滝)を擁する庭園が広がる。 ・仏像の(阿弥陀三尊像)は国宝。 阿弥陀如来の両脇侍である(観世音菩薩)と(勢至菩薩)は(大和座り)という 正座をした姿。 ●寂光院 ・(聖徳太子)が父(用明天皇)の菩提のために建立したと伝える。 ・「平家物語」には(建礼門院)が出家の後、文治元年(1185)に当時に隠棲し、翌2年 に(後白河法皇)が御幸したと記す。 ・(建礼門院)の女房で、寂光院で(建礼門院)とともにすごし、最期をみとったといわ れるのが(阿波内侍)。(大原女)の装束はその服装をまねたものという。 ●勝林院 ・長和2年(1013)、(▲寂源)によって創建され、のちに(天台声明)の(根本道場)と なった。 ・文治2年(1186)には天台宗の(顕真)が、浄土宗の(法然)を当院に招き、いわゆる (大原談義)を行い、(専修念仏)について問答した。 この時、本尊は手から光明を放ち、念仏の(衆生済度の証拠)を示したと伝え、 (証拠の阿弥陀)と呼ばれた。 ・平安時代の(梵鐘)は重文。 ●来迎院 ・仁寿年間(851-54)に(円仁)が(天台声明)の道場としたのに始まるという。 ・天仁2年(1109)には(融通念仏)の開祖である(良忍)が再興し、来迎院と呼んだ。 以降、(勝林院)とともに(声明・音律)の中心となった。 ・天台宗最高の質をもつ聖教・古文書を伝える(如来蔵(経蔵))などを所蔵する。 __________________________________ 「京都検定過去問」カテゴリー一覧表 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=28 「京都検定出題傾向分析」カテゴリー一覧表 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=30 「京都検定勉強」カテゴリー一覧表 http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=31 よろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018/12/13 08:51:40 AM
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