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ワルディーの京都案内

2020/02/11
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テーマ:京都。(5773)
カテゴリ:常駐ガイド
【2020年2月11日(火・祝日)】

 光照院勤務の12日目でした。京都の最高気温は10.4度と10度は超えて、風も強くなく、よく晴れて日向にいると気持ちよかったです。室内もコートは不要なくらいでしたが、足元はカイロを入れていたものの冷えたようで、帰宅後、指先の血行が悪くて霜焼けの前兆のような症状がありました。レッグウォーマを忘れて着けていなかったせいかもしれません。昨日は事務所勤務でしたが、帰宅途中、街の写真を撮るのにカメラの細かい操作がよく分からなくて、結構長い時間路上に立ち止まっていたためか、同じような症状になりました。暖冬だからと油断していると、ガイド成り立ての2016年~2017年のシーズンのように霜焼けに苦しめられることになるかもしれません。万全の注意を払わねばなりません。

 土日の入場者数が新型肺炎の影響で減っているのではないかと以前書きましたが、今日は何もまだ騒いでいなかった頃の、土日の入場者数に達しました。多くのお客様に接することができ、楽しくご案内させていただきました。


 過去3回、南北朝の兆しから、その終わりまでの歴史について書いてきました。今日は再び本題の光照院の歴史に戻ります。

 持明院統の初代である第89代・後深草天皇の孫が第93代・後伏見天皇です。その皇女として、進子内親王(「しんし」「ますこ」・1335~1412)が、持明院殿で誕生します。内親王誕生の翌年の延元元年(建武3年)に後伏見上皇が亡くなり、その後2人の兄君は、それぞれ北朝初代光厳天皇、北朝2代光明天皇として擁立されます。





 南北朝の争乱の世を憂えた内親王は幼少の頃から仏門に帰依することを決意し、10歳になるまでの数年を播磨路の各地の仏刹で修行されます。そして、延文元年(1356)泉涌寺の無人如同和尚のもとで、22歳のときに得度し自本覚公と称し、室町一条の北に、光照院を創建します。33歳のときには、四宗の奥義を極め、律を基本に天台・真言・禅・浄土四宗兼学の寺院としました。





 続きます。



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最終更新日  2020/02/12 06:38:17 AM
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