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カテゴリ:神奈川の四季
再び鎌倉へと出かけました。 やはり、前回お休みだった英勝寺が気になっていましたので、 今回は鎌倉駅で下車してまっすぐに英勝寺へ 英勝寺総門(こちらは12月初旬に撮影) 11月下旬、初めて訪れた小石川後楽園(水戸徳川家上屋敷)で 徳川家康の十一男で水戸徳川家の初代藩主になった頼房の養母となった 家康の側室・お勝の方が家康没後落飾して英勝院となり、 この地に英勝寺を建立したことを知り訪れてみました。 このお寺の前を素通りしたことは何度かありましたが いつも門が閉まっているような感じだったので 由緒あるお寺とは知りませんでした。 英勝寺通用門 現在、鎌倉唯一の尼寺 創建時から、水戸藩主の息女が得度して庵主となったことから 水戸御殿、水戸の尼寺といわれているとか 入口は右の小さなくぐり戸です お寺さんにお休みがあったり、他のお寺さんとちょっと違っています。 徳川家の葵の御紋と太田家(道灌)の御紋の桔梗 この地は太田道灌の屋敷跡 徳川家康の側室・お勝(於梶)は、太田道灌の4代後の子孫 家康の戦のお供をすると必ず勝つといわれて、於梶からお勝に名前を改めたといい 家康に寵愛されたお方だったそうで 家康との女の子が4歳で亡くなってしまい 家康の命で頼房の養母となり 水戸徳川家成立に尽力し 家康没後、落飾して英松院となり、 徳川三代将軍・家光から 曾祖父の旧太田道灌邸跡を賜り、英勝寺を建立。 桔梗の花言葉は「永遠の愛」 葵の門に囲まれた桔梗、徳川家康に寵愛されたお勝が貫いた「永遠の愛」を込めているとか 若いペアを案内していた人力車のお兄さんが説明していました。 太田道灌屋敷跡 室町時代 主家・扇谷上杉家を盛り上げたが、謀反の疑いをかけられて暗殺されてしまったとか 江戸城築城や雨が降ってきて蓑を借りようとして「山吹のみのひとつだになきぞ悲しき」のくだりは 知っていましたが、暗殺のこと、屋敷跡など初めて知りました。 歴史に疎いhimekyonです。 鐘楼 鎌倉では、唯一の板張りの袴腰鐘楼 すべて葵の御紋です 総門の裏側 開かずの門です 荘厳な山門 水戸藩二代藩主水戸光圀の兄・松平頼重が建立 初代藩主の子・光圀と頼重は同じ母親で 頼房の兄よりも先に子ができたことを憚り堕胎させようとしたが、 お勝(英松院)の助けで生まれ育ち、、文武に励んだが 父頼房とは親子の名乗りをしたのは、弟・光圀が二代藩主に決まったあと 英松院の計らいで家光に仕え、のちに高松藩初代藩主になった 後水尾天皇直筆の扁額 木造の建物にある渦のようなものは、水を表していて、火災除けだそうな 山門の近くにトンネル(洞窟)が トンネルの中には小さな仏さまが祀られていました。 トンネル(洞窟)の出口 ご本尊は、徳川三代将軍・家光の寄進だそうです 駿府城で、お勝(英松院)が、春日局 を家康に引き合わせ、 家光を三代将軍への道筋を立てたとされています。 建物に十二支が彫られているのは、鎌倉では珍しいそうです。 寛永二十一年と刻まれた石燈籠 唐門 牡丹の花などが透かし彫りされている 唐門(祠堂門)には、英勝院の桔梗の紋 英松院の墓陵への門 光圀が建立した英松院の位牌を祀る 保護のため、トタン葺きの鞘堂に覆われている。 金網越しに見える建物内部(ブレブレです)は日光東照宮のような煌びやかです 祓堂の裏側にあるのが、英勝院の墓陵? 墓陵の後ろの窟屋には観音像 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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