テーマ:今日聴いた音楽(74140)
カテゴリ:訃報、消息
2016年1月18日、イーグルスのグレン・フライがリウマチ性関節炎や肺炎による合併症によりニューヨークで死去。
67歳。 1971年、イーグルス結成。 フライはイーグルスでギター、キーボード、ボーカルを担当。 「テイク・イット・イージー」「テキーラ・サンライズ」「過ぎた事」「いつわりの瞳」「ニュー・キッド・イン・タウン」「ハートエイク・トゥナイト」などの曲でリードボーカル。 Glenn Frey's and his classic hits イーグルスは、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第75位。 1980年活動休止。 1982年、バンドの解散を宣言。 1994年、第1期最終メンバーによって再結成。 New Kid In Town 声明を発したドン・フェルダーはアルバム『オン・ザ・ボーダー』をレコーディング中にスライドギターの演奏を依頼され、そのままイーグルスに加入した。 「ホテル・カリフォルニア」の作曲者。 イーグルスのグレン・フライの逝去に ドン・フェルダーが声明を発表。 全文訳を掲載 2016.1.20 NME Japan …(略)… ドン・フェルダーによる声明の全文訳は以下の通り。 「グレンの死が信じられず、ショックの状態にあります。まったく予期していなかったことで、悲しみに満ちた心境にわたしを取り残すことになりました。彼は若く、素晴らしい才能にいまだ溢れていました。とてつもなく才能に溢れたソングライターであり、アレンジャーであり、リーダーであり、シンガーであり、ギタリストでした。皆そう思ってるでしょうし、彼はそれに応えることができ、即座に“マジック”を生み出すことができる人だったのです。彼の楽曲や歌詞へのヴィジョンと洞察は伝説的なものとなっていて、この先何十年もの間、絶えず認められることになるでしょう」 「1974年にイーグルスに加入するように誘ってくれたのがグレンでした。彼のすぐそばで長い間、一緒に仕事をして過ごすことができたのは人生の贈り物です。グレンは愉快で、強く、寛容で、優しい人でした。兄弟のように感じていましたし、兄弟のようだからこそ食い違うこともありました。でも、そうした難しい時でも、なんとか僕らはマジカルな楽曲を作ることができましたし、素晴らしい思い出や素晴らしいレコーディングやライヴを生み出すことができたのです。彼のステージでのカリスマ性は世界中のたくさんの人に知られ、愛されてきました。笑いと歌とパーティとハグと兄弟のような絆に満ちた旅を、僕らはかなりの距離やってきたのです」 「グレンはバンドのジェームス・ディーンでした。方向性を探している時のリーダーでしたし、バンドで最もクールな男だったのです。僕らの間の問題に一緒に取り組んだり、話したりすることができないと思うと大変悲しくなります。悲しいことに、もうその機会はないのですね。この星は偉大な人を、偉大なミュージシャンを失いました。誰も彼の代わりなんて務められないでしょう。安らかに、グレン。そして、君と遺族に神のご加護がありますように」 …(略)… "In Memory of Glenn Frey " The Eagles Hotel California お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年12月01日 08時06分32秒
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