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     トランクルーム貝塚のオヤジ奮戦記

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2024.03.01
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今弊社では娘と2人のファミリービジネスで五毛作経営(トランクルーム171室、音楽スタジオ4室、不動産仲介業、月極駐車場、テレワーク室、卓球場)を営んでいますが、そんな事になったのは18年前まで営んでいた織物時代の多品種小ロット生産がヒントでした。

ヒントと言うより、これはもう私の身体に染みついたスタイルでしょう。

人間というのは変われないのです・・・(汗)。

昭和50年代後半までの父親の時代は100%伊藤忠からの少品種大量生産の発注(賃織り)でナントかなっていましたが、バブルが崩壊してから状況が激変してしまいました。

これまでのやり方が通用しなくなったのです。

バブル崩壊とグローバル化によって伊藤忠は大リストラを敢行し、内地ビジネスより投資やヨーロッパブランドの製品インポートビジネスに傾斜していきました。

ならば、こちらも転換しなくては・・・と総合商社に取って代わって新規に紡績や合繊メーカーに直接売り込みを掛け、新たに繊維専門商社や浜松の繊維産元をドンドン開拓しました。

この辺はサラリーマン時代に培った営業力を発揮できました。

いくら営業力があっても現場の経験がなければ取引先の要望に即応できませんが、そこは私は同業者では珍しく叩き上げの職人でもあったので、営業と現場が一体になっていたのが強みだったのです。

特にエアージェット織機を導入してから2年間は男性社員がいなかったので、朝5時から夜の10時まで現場に張り付いていたのがヨカッタのです。

食欲が減退するほどの過労だったので、体重がこの時人生で最低になるほど痩せました・・・(汗)。

まぁ正に窮地に陥った時の「芸は身を助ける」で・・・「零細企業経営者は何でもやならアカン」というのを父親の背中を見て育ったからです。

こういった商取引の大転換で多品種小ロット生産が定着していきましたが、現場がひっくり返りそうになるくらい忙しくなりました。

従来1回の発注が10万mくらいのだったのが、いきなり5000m~1万mになったのですから。

「とりあえず1万m注文しよか」という産元からの初めての注文に、正直あまりの少なさに腰を抜かしそうになりました・・・(笑)。

まぁ仮需を前提としたオッパ商品と言われていた相場(定番)品種がなくなり、実需や備蓄に基づいた生産しかしなくなったのです。

それに加え、大きな注文を取るために、たった1反という試織も積極的に受けました。

試織を1回受けると、ロスが多すぎて5~10万円の赤字でした。

断ると次の注文が来ないので、受けるしかないという状況でした・・・(汗)。

試織屋という専門の業者があるにもかかわらず産地の織物業者に無理を言うのは、国内外に同業他社が沢山いましたので「ここなら安くできるだろう(断れないだろう)」と足元を見られていたからです。

しかし残念ながら試織を受けても、本番の大量生産に繋がる注文は殆ど来ませんでした。

発注する側もリスクがありビビっているのが手に取るように分かりましたので、それ以上追求するのは諦め、やはり最終マーケットを意識しないと何をヤッテもダメなんだと・・・逆にこれからは人をアテにするのは止めようと反省しました。

そういった事情でバブル崩壊以降の織物時代は年355日24時間エンドレス操業で多品種小ロット生産(月産20万m)で経営してきましたので、18年前にトランクルームに転業当初は空室を埋めるために苦戦しましたので他社の織物工場で1年半働きながら宅建士を取ってその後事務所で不動産仲介業を開業したり、24時間営業の音楽スタジオをトランクルームの中で起業したり、同じようにテレワーク室(レンタル自習室)や卓球場をやったりして、アノ手コノ手でトランクルーム171室を埋める努力をしました。

特に音楽スタジオはバンドだけでなく、ダンスや和太鼓も出来るようにしたのも、織物時代の営業で毎週金曜日に朝から夕方まで大阪船場の繊維街を駆けずり回って注文を取り、多品種小ロット生産で現場がひっくり返るような忙しさで24時間回していた経験からでしょう・・・

そういう意味で織物時代の「ニガイ経験」を活かしていると言えますが、今いくら五毛作経営と言えども、実感としては織物時代の10分の1くらいの苦労で済んでいます。

だから今67歳のジイサンでも、ボチボチ仕事を続けていられるのです。

まぁ毎週金曜日に船場への営業も、朝2時に起きて現場でタイイング(つなぎ)を2本済ませ、電車に乗って朝一で商社に飛び込み、真夏のコンクリートジャングルはカフェでビールを飲んでも酔いはすぐに消え、夕方まで本町を這いずり回り、夜は取引先と宗右衛門町やアメ村の居酒屋やライブハウスやショットバーに繰り出してストレスを発散して毎回水間線の終電で帰ったのも懐かしく思い出されます。

本町ではミスターフライデーと呼ばれ、地元名越では「金曜は○○はいやへんどォ」と噂され、家内にはミナミの帝王とイヤミを言われ・・・若かったんだなぁと(笑)。

という事で、現在の五毛作という姿は過去の織物業とは全く違う姿ですが、中身は脈々と受け継がれていたのですが、こんな事がいつまで通用するのか・・・?

この辺が1番心配するところですが、新たなチャレンジとして2年前に和太鼓6台を購入し新しいマーケットとして「だんじり鳴物」や「インバウンド向け和太鼓体験」を開拓すべきと考え、自分自身も英語を学び直ししつつ徐々に経営内容を変化させていってますが・・・(汗)。



「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」「 貝塚不動産.com」
「貝塚卓球センター」「テレワーク&スタディ貝塚」
大阪府貝塚市名越661 tel:072-446-0798  mail: info@sasatani.com

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Last updated  2024.03.01 16:38:46
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