式内鴨高田神社
80's Meeting 2022
9/10-11 愛知県新城市で開催される80's Meetingで
事故のないこと、天気が良いこと、コロナなどにならなく、成功し、皆に喜んでもらえますように、たくさんの笑顔が見れますようにと祈願してきました
#80sMeeting
鴨高田神社|東大阪|古代大和川に鎮座する鴨氏の氏神で家運隆盛と子孫繁栄のご利益を!
鴨高田神社は、東大阪市高井田元町にある、延喜式神名帳に「河内国渋川郡 鴨高田神社 一座」と記載される式内社である。
古代豪族の鴨氏がこのあたりに居住し、その祖神を祀ったのが始まりという古社である。
古代大和川の本流(現:長瀬川)の西岸にあたるこの地域は、きっと水耕農業に適した土地だったのだろう。
鴨高田神社 概要
所在地 大阪府東大阪市高井田元町1丁目5−3
電話番号 06-6781-0484
主祭神 速須佐之男命・大鴨積命・神功皇后・応神天皇
創建年 不詳(社伝:673年)
社格 式内小社・郷社
公式HP なし
鴨高田神社の祭神
現在、速須佐之男命・大鴨積命・神功皇后・応神天皇の4柱を祀る。
速須佐之男命
伊邪那岐命の御子にして、天照大御神と月読命の弟。三貴子とも称される血統を持ちながら、粗暴であったがゆえに高天原から追放される。
流転の身となったが、八岐大蛇退治をきっかけに妻を娶り出雲に居を構え、出雲から九州までを支配した。天津神でありながら国津神の祖神ともなった大王と言えよう。
中世には牛頭天王と習合。もっぱら牛頭天王あるいは祇園神、すなわち「疫病除けの神」として全国津々浦々の村々に祀られることになった。
よって、江戸時代の古地図を見ると、稲荷社とともに牛頭天王社を数多く見ることができる。
大鴨積命
古代豪族の鴨氏の開祖で、三輪系の国津神である。
三輪山に鎮まる大物主神の子である太田田根子の孫とされる。これは速須佐之男命から数えると11世孫となるらしい。
鴨の地に事代主神を祀る神社「鴨都波神社」を創建したことから、崇神天皇から賀茂の氏を賜った、まさに鴨氏の祖と伝えられる。
神功皇后
3世紀に活躍したとされる14代仲哀天皇の皇后。
仲哀天皇崩御の後は女帝として三韓征伐を敢行するなど勇ましい一面を持つとともに、15代応神天皇を生んだことから子宝・安産の神としての側面も持つ。
全国の八幡宮に祀られる。住吉大神を構成する1柱に数えられる場合もある。
応神天皇
15代天皇。品陀別命・誉田別命とも。
天照大御神とともに「皇祖神」という位置づけとなっている。よって現在の皇統は応神天皇から始まるのでは?という説がある。
全国の八幡宮の主祭神。
鴨高田神社の創建・歴史
社伝によると、白鳳2年(673年)に古代豪族の鴨氏がその開祖である大鴨積命を祀ったのが始まりだという。
ちなみに、京都の上賀茂神社の創建が白鳳6年であるから、それよりも4年早く創建されていることになる。
一説には、鴨高田の神は「迦毛大御神」すなわち鴨氏の祖神・阿遅鉏高日子根神であり、古くから高井田の里に鎮座していたとも。
中世には、石清水八幡領となったため「八幡宮」と呼ばれていたようだ。おそらくはこの時に「神功皇后」「応神天皇」が勧請されたのだろう。
また、社頭の説明には、
醍醐天皇・延喜18年(918)、大洪水に見舞われ五穀が稔らず困窮したとき、諸民が当社に祈願したところ霊験があり、百姓がおおいに喜んだ。
後桃園天皇の安永年間(1772–80)、悪疫が流行したとき、時の神職・久左衛門が1月9日から10日間、断食して悪疫祓除を祈願し、全村その厄をまぬがれた。
という逸話が掲載されている。
牛頭天王=速須佐之男命が祀られたのは、悪疫祓除の祈願の頃だろうか。
鴨高田神社のご利益
ご祭神から判断するに、
厄災除け・・・速須佐之男命より
一族・子孫繁栄・・・大鴨積命より
諸願成就・・・八幡大神より
商売繁盛・・・鴨稲荷大明神・戎神より(後述)
農業繁栄・・・水分神より(後述)
といったところとお見受けする。