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岡田有希子が、お亡くなりになって、40年か。。。
あの頃、私は好みではなくて、あまり興味は無かったが 野球部の同級生で、仲良かった子が、大好きだって 色々と話はしてたので、ニュースは、本当にショックでした 発売されるはずだったシングルが、歌本に楽譜出ていて 当時持っていたPC6001mk2SRで、打ち込んで曲を再生してたりしていた 自分の命は、自分だけのものではない 残される人のことも考えて欲しい 40年経っても、悲しみ続ける人たちもいるのだから どんなに生きたくても、願い叶わぬ若い命もあるのだから。。。 この記事をみて ずっと、残された人々の心の中に生きていけるとか ずっと思っていてくれるとか 本人の身勝手な気持ちを美化しないようにしてほしい。。。 岡田有希子没後40年 今も墓前に通い続けるファン ユッコを知らない20代や“同期”も 4/8(水) 11:30配信 ![]() 4月8日が命日の歌手の岡田有希子さん。「ポスト松田聖子」との呼び声が高かったアイドル歌手時代は、たった2年ほどで幕を閉じてしまった 4月8日は、歌手の岡田有希子さん(享年18)の命日だ。1986年に急逝して40年が経つ。岡田さんのお墓には、いまも命日になるとたくさんのファンがお参りにやってくるという。中には40年通い続けるファンもいる。 ![]() * * * 「4月8日の命日が近いものですから、ご遠方から来られている方も、ちらほらいらっしゃいます」 こう話すのは、愛知県出身の岡田有希子さんが眠るお墓がある成満寺(同県愛西市)の職員だ。アイドル時代、“ユッコ”と呼ばれていた岡田さんは、いまでも多くのファンに親しまれている。たくさんのユッコファンが墓前に手を合わせに来るという。 「九州地方の方もいらっしゃいましたね。最近来られた方は横浜や栃木、茨城など関東圏の方も多いですね。40年間、毎年欠かさずいらっしゃるファンの方もいます」 40年前の1986年4月8日、岡田有希子さんが亡くなったことは大きく報じられた。新学期が始まったばかりの春の日だった。学校では午前中で授業が終わったり、入学式だったりしたこの日、多くのユッコファンが学校から帰宅した時間には、「3時のあなた」(フジテレビ系)など、当時のワイドショー番組が岡田さん急死のニュースを報じていた。あれから40年が経つ。 ■ユッコを知らない20代のファンも 当時は「お花の山でした」という墓前には、いまも花が供えられ、絶えることはない。40年にわたって通うファンの気持ちに、成満寺も静かに寄り添っている。 「毎年、4月8日の夕方に、ユッコちゃんのお勤めをさせていただいております。予約制ではないので、自由に来ていただいていいのですが、ここのところ人数が増えて、毎年30~40人のファンの方がいらっしゃいます。人数が増えているのは、ユッコちゃんがいた時代にはまだ生まれていなかった20代、30代の若い方がいらっしゃるからです。ユッコちゃんのお墓参りに来てくださっている方が、お寺の行事の永代経や、親鸞聖人のご命日の法要の“報恩講”にもお参りされます。みなさんが来てくださるので、住職が元気なうちは、お勤めを続けさせていただこうと思っています」 40年間、お墓参りを続ける“同期”もいる。歌手の荻野目洋子だ。2人は同じ84年デビューで、84年組には菊池桃子、長山洋子、少女隊、吉川晃司らもいる。荻野目洋子は、Xの投稿に「先日、名古屋へ仕事で行った後、2年振りに愛西市へ。昨年は長いツアーで時間が取れなかったけど、大切な人のお墓参りに。あと半年程で40年」という書き出しで、昨年11月、長文を残している。 投稿の文面には「岡田有希子」や「ユッコ」といった文字こそないが、「大切な人」とは、岡田さんのことだろう。 荻野目の岡田さんへの思いは、ぜひ全文をXで読んでもらいたいが、最後はこう締めくくっている。 「止まって考える事もあるんだけど、駒を進ませて行く事で、ふとした瞬間に思い出しても、何故あの時?と問いかけずに、心で『また会おうね』って言えるくらい前向きな気持ちに、今はなってきた気がする。すごく、時間がかかったけど」 突然の別れという悲しみは、40年という年月でも癒えない。墓前に集まるファンの姿や荻野目洋子の言葉が胸にしみる。 (AERA編集部・太田裕子) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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Apr 8, 2026 05:43:10 PM
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