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テーマ:鈴鹿8耐(277)
カテゴリ:鈴鹿8耐
鈴鹿8耐Fun Club!! に各年のレポートを書いてますけどね。
私と8耐の出会いは、一番最初というと、枝松克幸さんの 4 SPIRITSという少年キングで連載していた漫画で、話の途中に枝松克幸さんの8耐レポートを読んだ時からでしょうか この漫画、私のバイブルのような本で、泉谷しげるの曲を唄うようになったのも、この漫画ばきっかけです。 いまでは、古本屋でも、なかなか手に入らないですが、人生とか色々考えました。 この漫画の間で、枝松克幸さんが、8耐への想いとか、前の日に、酒飲んで唄うたってみんなですごしたことや ヨシムラが最後で転倒したことや、色々と書かれていて、興味を持ちました。 そして、その後、アドレスTUNEに乗りだして、K-ageがGK71Bに乗り出して 回りも、バイク乗りが多くなってきました。 猫も杓子も、男も女も、バイクに乗っていた頃ですね。 そんな時、テレビでやっていたチームシンスケの「風よ鈴鹿へ」 感動しました。 千石さんにも、紳助にも、他の仲間にも そして、そのマシンを無償で貸し出したPOPヨシムラ ヨシムラのマシーン、ヨシムラのGSX-R K-ageが赤黒のGSX-Rに乗っていたのもあって、これで、私のバイク人生が決まりました。 そして、目標ができたんですよね。 その時の話は、こちらに。。。続き書いてないなぁ。。。 - 大切なものに出会った時のことを覚えていますか - そして、目標になったGSX-Rを購入し、次の年は、あと二つの目標 四日市で、かわいがってくれた叔父さんのところで夏休みにバイト、そして、鈴鹿8耐に行く バイトで、お金を貯めて、北海道をGSX-Rで一周 この二つも達成して、それまでと生き方が、180度変わったと思えたような夏がありました。 それが、1990年の夏でした。 1990/07/29鈴鹿8耐 1990 GSX-Rで、いとこと行ったのですが、渋滞で、まったく帰れず バイク渋滞がすごかったです。何千台のバイクは、本当にすごかった。 そして、その感動が忘れられず、K-ageにも、学校の仲間にも伝えたくて 3人で行った1991年の夏 1991/07/27-28 鈴鹿8耐 1991 LINDBERGの前夜祭は、本当にすごかったんです。 雨の中、正面入り口から並んで、やっとついたら、ものすごい人の波 歓声と悲鳴の嵐でした 色々と忙しくて、チームシンスケラストランを見れずに。。。 中継を録画したものや、チームシンスケ ラストランの特番で、何度も泣きました。 DVDにしたり、iPodに入れたり、いまでも何度も見てますが、その度に、 田村さんの 「バイクいってもうた~」 「泣いたら元気でてきた」 ほんとうに、今でも号泣しています 1996/07/26-28 1996 鈴鹿8時間耐久 大ちゃんたちに、コンビニで、ばったりあって、話をしたのが、復活した1996年の夏でした。 HONDAの祝賀会に混ざって、いっぱいサインもらったなぁ そして、この年から、今年まで、ずっと休みなして通っています。 1996年~1998年は、まだまだ盛り上がっていて GPライダー、それも日本人がGPにたくさん行っていたときで、メーカーも、お金かけてた 前の週から8耐ウイークで、色々見に行ったなぁ 1997/07/24-27 1997 鈴鹿8時間耐久 1997年の夏は、台風で、ものすごい雨 スペシャルステージも中止になり、前夜祭も中止に その中でも、千石さんと、高原兄さん、テーマソングを作られた職員の方 3名で開いてくれたボーリング場の前夜祭 これが、私の人生を変えた、もう一つの8耐かもしれません。 この年の10月11日Street Musician Unit H/K AGESが生まれました そして、1998年 1998/07/24-26 鈴鹿8時間耐久 初めて、鈴鹿でLIVEをしました。 いつも二人で、それも歌しかなかった私が、一人でやるという無謀なことをしました。 ギターがほとんど弾けず、数曲だけ弾いて、リクエストがあると、客に弾いてもらうという、むちゃなLIVEでした まあ、ほとんど、ただの宴会ですね。 もちろん、最初は、客なんて、だれも来なくて そんななかに、来てくれた彼 「聞いてくださいよ~ 昨年一緒に来た元カノが、他の男と。。。」 という話で、色々話をして、酒を飲んで そのカレが 今でも、鈴鹿では、一緒に観戦して そのうちに、彼女を連れてきて 結婚して 子供ができたと その子供の誕生日が私と同じ7/12でした。 この年は、朝まで他の団体と呑んで歌って 気がついたら、駐車場で、朝になってて、、 その後、日陰で四時間耐久見ながら寝ていたら いつの間にか、日向で。。。 足全体に、動けなくなるほどの火傷。。。神経まで達するような水ぶくれが大量に 一番ひどかった8耐でした。 その後、人気がなくなり、ライダーもメーカーも観客も、どんどん少なくなり 盛り上げようと、鈴鹿8耐Fun Club!! を作ったり、実況中継を掲示板やブログでやったり いまでも、1年は、鈴鹿の夏のためにあります。 今年も、きっと、たくさんの感動をくれると思います。 そして、10年連続でやってきたLIVE だれにも、注目されることのないLIVEも、今年が11年目 新たな気持ちで、がんばってきます。 迷惑だからやめろと言われることのほうが多いですが 昔みたいな、宴会を夢見て お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jul 23, 2009 11:00:50 PM
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