一度は、除去に成功、復職からの急変ですか。。。
まだ45歳。。。これからなのに。。。
残念です
御冥福を、お祈りいたします。
元巨人・三浦貴さん、45歳で死去 投手から野手転向、引退後は浦和学院で指導も昨年大腸がん発覚
2023年7月25日 0時23分スポーツ報知 # 巨人
投打で活躍した三浦貴さん
巨人、西武で投手や野手として活躍した三浦貴(みうら・たか)さんが亡くなったことが24日、分かった。45歳だった。関係者によるとこの日未明、容態が急変したという。
早すぎる教え子の訃報(ふほう)に、浦和学院時代に指導した森士(おさむ)前監督(59)=NPO法人「ファイアーレッズメディカルスポーツクラブ」理事長=も「あまりにも急でとても驚いています」と言葉を詰まらせた。同氏によると、三浦さんは現役引退後の12年4月から母校の教員として勤務し、13年7月末から野球部のコーチとして指導に当たっていた。だが、22年3月に大腸がんが見つかり、同校を休職。放射線治療と手術によって一時は全てのがん細胞の除去に成功し、今年3月に復職したが、6月末から再び体調を崩していたという。
三浦さんは東洋大から00年ドラフト3位で巨人に投手として入団。1年目から開幕1軍入りを果たし、中継ぎとして49試合に登板する活躍を見せた。だが、初先発マウンドに立った02年4月30日の広島戦(東京D)、初回に緒方の頭部へ死球を与えて危険球退場となると、そこから本来の投球が鳴りを潜め、この年は3試合の登板にとどまった。
03年の春季キャンプ。高い身体能力と非凡な打撃センスを評価した原監督の勧めもあって、野手転向を決断。同年9月15日の中日戦(ナゴヤD)で転向初打席に立ち、初本塁打を放った。07年限りで巨人を退団し、08年からは西武でプレーして09年限りで現役引退を決断した。
その後、森氏の勧めもあって、高校野球の指導者を目指すことを決意。運送業の傍ら、母校・東洋大に2年間通って教員免許を取得した。今年6月末に再び体調を崩す直前まで野球部の指導に訪れていた。情熱にあふれた男が、あまりにも早い旅立ちとなってしまった。
◆三浦 貴(みうら・たか)1978年5月21日、埼玉県生まれ。浦和学院では3年時に春夏連続で甲子園出場。東洋大から2000年ドラフト3位で投手として巨人に入団。03年に内野手、04年には外野手に転向。08年に西武入りし、09年限りで引退。現役時代は181センチ、80キロ。右投右打。