ベトナム戦争 死の軍用ハイウェイを走る 【復刻日記】
更新する余裕が無いので、ヴィエトナム関係の【復刻日記】である ―――― ◇ ―――― ベトナム戦争 死の軍用ハイウェイを走る【復刻日記】 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 私は駐在中、原則としてサイゴン市という小さな地域に押し込まれていた 駐在員事務所の所長命令でサイゴンから外へは出ないように命令されていた サイゴンまで攻撃されることのある戦火のベトナムだったから、それは当然の判断だった ただ、例外もあった 日本大使館主催の「アンコールワット遺跡ツアー」というのが一度あったのだ ヴィエトナム正月を利用しての隣国カンボジアのアンコールワット観である 私は参加したかった しかし私はその時、ある建設プロジェクトの工事現場の担当を兼ねていた その工事が計画より建設が遅れ、政府から遅延ペナルティーを取られる事が予想されていた そのことを案じた本社が工事のスピードを上げるように命じてきた 正月も休まずに働いた結果、そのツアーには参加できなかった カンボジアはその後、ポルポトのクメールルージュが実権を握り、国民の大量虐殺が始まり、アンコールワットは日本のカメラマンも死亡したもっとも危険な地域になった 今はアンコールワットへの観光が盛んである そのうちに私も参加してみたいと思っている ~~~~~ その工事現場は、サイゴンから数十キロ離れた米軍の巨大な空軍基地に隣接していた 私には経費の支払いや工事現場のベトナム人労働者の給料支払いなどの担当業務があった そのために、週に数回、現場へ通った サイゴンからその米軍基地へ行くには、米軍が建設した軍用のハイウェイを数十キロ走らなければならない この軍用ハイウェイというのが危険きわまりない このハイウェイでは、一般のベトナム人の車やホンダなどのバイクも走っている しかし、主に走行しているのは米軍の軍用車両である 米軍の軍用資材を搭載した巨大なトレーラーがコンボイを組んで数台または数十台連なって走る 大型トラック、ジープ、装甲車、戦車、これらの軍用車両が、全速力で飛ばす ベトナムの日差しの中、軍服の上着を脱ぎ捨てて、赤く日焼けした裸の上半身むき出しで若い米軍兵士が巨大な軍用車両のハンドルを握って、暴走に近いスピードで疾走する 流れの中でも、トコトコと、ノロノロと走っているベトナムの民間車両が混じる こういう車を追い越さないと、なかなか目的地に着かない このハイウェイは、そのほとんどの部分が片側一車線しかない だから追い越しはあぶない 追い越しの瞬間には、対向車線の対向車が猛スピードで接近してくる 追い越しを完了すると、その対向車が「ビュン!」と風を切って行き過ぎる 約1時間半、この繰り返しである このハイウェイで走行では、対向車にはらはらし通しだった だが、私はそのうちにこう考えた 確かに対向車と正面衝突したら私は一瞬で死ぬだろう しかし現実には、いくら私が対向車に注意しても、事故を寸前にふせぐ事は不可能である すべてを運転手の冷静な判断と運転技量に任せ、運を天に任せるより無い 自分の力でできないこと、変えられないことにに一喜一憂しても、結果はなにも変わりがない一種の悟りである 以降私は眠ることにした 「ビュン ビュン」という対向車の風を切る音を子守歌にすると眠いのである 私と同時期にベトナムで米軍に従軍取材した開高健が、戦闘の恐怖の後遺症で鬱になって小説を書けなくなったと言う 私は運命を天に任せたから鬱は無い それにはじめから小説など書けない(笑) ~~~~ ある日のこと すぐ前を走っていた米軍の軍用トラックが、突然、妙な不安定な動きをはじめた 少し蛇行し始めたのだ よく見ると後輪のタイヤが横揺れしている 米軍の標準型のトラックは重量物を搭載するから、後輪タイヤはダブルで、さらにそれがペアになっていて、後輪は左右合計8個のタイヤが装着されている合計10輪トラックである そのタイヤがグラグラしはじめている 見ている間にタイヤが外側のものから外れだした ひとつ、ふたつと外れてハイウェイから道路脇の水田に飛び込んでゆく 数秒して、突然、その巨大なトラックが宙に飛び跳ねた 生命が危険な瞬間に遭遇すると、脳の時計がスローになって注意を喚起するためだろうが、眼に映る映像がスローモーションになる その場合が、そうだった トラックは大きく空に跳ね上がり、ゆっくりとハイウェイの横の方向に飛び、最後に約10メートルほどはなれた水田に落ちた 追突の危険も忘れて私も停車した そのトラックは水田に仰向けになっていた 車体の三分の一ほどは水田の泥の中に陥没していたそのトラックを運転していた米兵は、ブレーキを踏む時間もなかったのだろう 仰向けになったトラックの後輪が、まだブンブンと回転している その焼けたラジーターが水田の水と接触し、水蒸気が運転室の底あたりから吹き上がっている 米兵が運転席から出てくる気配はない ただ車輪が回転を続けるだけである しばらく息をのんで見つめて、それから出発した 日本で過去に起こった事故にトラックのタイヤが走行中に外れたというものがあった そのタイヤに当たった人間が死亡している トラックなどのタイヤというものは、実際には、巨大な、ものすごい重量物である この巨大重量物が、高速で、回転しながらぶつかってきたら、人間は即死であろう この軍用ドラック事故、もし私の車にタイヤが接触したら、私の車も横転、または大破していただろう トラックが宙を飛んで、私の車の上に落ちてきても私の命はなかっただろう 私は幸運だったのだと思う ~~~~~ ある時、私の車が十字路にさしかかった その時なぜか、横からの交差路からバイクが直角に進入してきた そのバイクは私の前を走行する車にはねられた やはり、スローモーション動画に見えた 「大脱走」という映画がある スティーブ・マクィーン扮する米兵がナチス捕虜収容所から脱走する 軍用オートバイを盗んで、そのオートバイで脱走する マクィーンがオートバイで大きくジャンプして、鉄条網を飛び越える場面がある ポスターなどにも使われている有名な場面である この場合も、中国製と思われるその貧弱なバイクが大きくジャンプした マクィーンより数倍の大ジャンプである マクィーンは自力のジャンプだったが、この場合は衝突した車の勢いでの大ジャンプだった その灰色のバイクはペシャッと、私の目の前の地面に着地した バイクはほとんどバウンドしなかったが、運転していた農民風の男は地表にたたきつけられてから、二・三度操り人形のようにバウンドし、それから、静かに横たわった 彼の頭が少し首をかしげたようになって、こちらを見ていた 即死だったろう 即死でなくても命はなかっただろう 人間の命とは、儚い(はかない)ものである ~~~~ 道脇に半ば横転しているバスが見えた 薄汚れた黄色と白のバスである このバスはまともなバスではない その横腹が大きくえぐれていた えぐれた箇所に、缶詰のイワシのように死体が集まって並んでいた 米軍の巨大トラクターなどとの接触で、えぐられたのだろう ~~~~ 工事現場に、工場用の大型機材の搬入がある 運送は、仏領時代からインドシナに拠点を置くフランスの船会社の陸送部門が担当した この運送、搬入には私が立ち会う 現場で建設作業を指導する日本人技師たちは、午後5時頃にサイゴンに帰る 搬入作業が遅くなる時は、私と陸送会社の人間のみが現場に残った 搬入終了の受取書に私がサインをすると、皆でサイゴンに帰る 陸送の大型トレイラーの空になった荷台にのって帰る 日没の時間で、長い地平線に夕焼けが映えている そのうち日が暮れて、暗闇の中を走行する事になる この軍用ハイウェイにはストリートライトが無い 無灯火の暗闇である 夜間の照明は走行する車両のヘッドライトだけである はじめは暗闇の視界に豆粒のように小さなヘッドライトが認められる そのうちに、あっという間に大きく輝き「ビュン!」という風きり音をのこして対向車がすれ違って行く 夜間の走行車両は軍用車両である 映画「トランザム」などに出てくるような超大型トラクター・軍用トラック・水陸両用装甲車それに戦車である これらと接触すれば上に述べたイワシの缶詰状態だろう 特に戦車・装甲車などの戦闘車両は野戦用だからライトが小さい 向こうにはこちらが見えているのだろうけれど、こちらからはほとんど見えない 暗闇からいきなり黒い車体がニュッと現れる 戦車に踏みつぶされたら、イワシの缶詰ぐらいではすまない せんべい状態・イカののしイカ状態だろう ときどき、私は本当に生きて日本に帰国できるのだろうかと思った お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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