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カテゴリ:百人一首
百人一首 89番歌 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする たまのをよ たえなはたえね なからへは しのふることの よはりもそする 我が命よ、絶えるならば、絶えてしまえ。このまま生きながらえれば、(恋心を表さないように)堪え忍ぶ心が弱ってしまうと困るから。 作者:式子内親王(しょくしないしんのう) 1149年~1201 平安末期・鎌倉初期の歌人。後白河天皇の第3皇女。賀茂斎院をつとめた後に出家。新三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人。母は藤原成子(藤原季成の女)で、 守覚法親王・亮子内親王(殷富門院)・高倉宮以仁王は同母兄弟。高倉天皇は異母弟にあたる。萱斎院、大炊御門斎院とも呼ばれた。 この歌は新古今集の詠題に、「忍ぶ恋」という題で詠まれた歌です。 百人一首を代表する忍ぶ恋歌と言えるでしょう。 「死んでもかまわないから、忍ぶ恋を世間に知られたくない」と歌に詠んだということは、忍ぶ恋を世間に公表したようなものですね。 約40年前に、♪死んでもお前を离しはしないそんな男の・・・森進一が歌った「女のためいき」のインパクトと相通ずるものがあるように思う。 みかたを変えれば、百人一首の忍ぶ恋歌は、演歌の源流でもあったと言えるのかもしれません。 ※ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013/05/30 04:37:04 AM
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