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「安倍首相、やりたいだけやらせては」 塩野七生氏が語る世界と日本(2)
)2015/12/21 6:31日本経済新聞 電子版 『ギリシア人の物語I 民主政のはじまり』(新潮社)を書き上げた作家、塩野七生さんへのインタビュー2回目は、日本の安全保障などについて聞いた。 ――塩野作品には安全保障にかかわる記述がしばしば登場します。安全保障とは結局何でしょうか。日本で今年成立した安保法制をどうご覧になっていますか。 しおの・ななみ 1937年東京生まれ。学習院大学文学部哲学科卒。68年に執筆活動を始めた。82年に『海の都の物語』でサントリー学芸賞、83年に菊池寛賞を受賞した。92年から長編『ローマ人の物語』に着手。99年に司馬遼太郎賞に輝き、歴史研究と歴史小説の両分野にまたがる新たな分野を切り開いた。06年に第15巻でシリーズが完結した。このほど最新作『ギリシア人の物語I 民主政のはじまり』(新潮社)を書き上げた。イタリア在住。78歳 「デロス同盟(ペルシャ戦役後のギリシャ都市国家同盟)というのは、多国間で一緒になって安全保障をしましょうという目的でできたものです。一方、ペルシャ帝国にはそんな同盟は一切ない。その後のアレキサンダーもローマ帝国もそんなことは考えなかった。つまり『一緒になって力を合わせて安全保障をしましょう』という同盟の考え方は超大国からは生まれないのですね。日本も中小の国々のひとつだから、同盟による安全保障は当たり前な話であって、ヨーロッパでは安倍晋三首相の安保法制は全然問題になっていない。問題にならないどころか、『当然』という感じで受け止められています。中国だってほとんど何も言っていないんじゃないですか」 「中国は『一緒になって安全保障しよう』なんて言わない。そういう中国に対抗するには、中小国が集まって、アメリカが後ろ盾になる安全保障を考えればいい。中国が脅威的存在にならなければ、これほどの必要性はなかった。かつてソ連があったときと似た構図です。つまり同盟は強大な敵があるからなのです。今の中国はまだ超大国ではないが、超大国になりたいと思っている国であることは確かです」 ■安定、安全の実現は統治者の務め ――政権に返り咲いて約3年の安倍首相の政権運営をどう見ていますか。 「前回(2013年秋)の日経インタビューで『2度も首相としてチャンスをもらい、それで何もしなかったら政治家でないだけではなく、男でもない』と言いました。そうしたら安倍さんは発奮されて『チクショー、絶対にやってやる』となったのではないですか。安倍さんに批判的な人は『塩野さん、なぜ安倍首相を応援するのですか。彼には健康上の理由があるし』と言う。でも、健康上の理由なんぞは奥さんとお母さんが心配すればいい話です。我々国民が心配することではない。むしろ安倍さんにはやりたいだけやらせたらいいと思っています」 「それからギリシャの政治家、ペリクレスにしても、その統治は30年も続いた。安定ということは、すごく大きいです。人間というのは決してバカではありません。安定、安全であれば、何とか適度に自分たちでやれる。しかし、安全だけは統治者が実現しなければならない。だからルネサンスの時代のフィレンツェでも、メディチ家が僭主(せんしゅ)になって安定を築き、そこにルネサンス文明というか、フィレンツェ文明が花開いた。ベネチア共和国というのは経団連が統治したような国だと思いますが、その経団連が中小企業の保護をしたのです。だから社会が安定した。そのため商売はうまくいき、文化もうまくいった。安定は本当に大切です。だからパクス・ロマーナは大切だったのです。安定というよりは、パクスと言いましょう。平和です」 ■政権、10年は続ける必要 「私は、そんじょそこいらの平和主義者よりかはよほど平和主義者だと思っています。しかしパクスを実現するには、やはり抑止力とかの諸々の力が必要です。だから安倍さんの今の状態は良いと思う。ただし、あの人は説明のやり方が下手だった。安保法制についても説明が十分でなかったのではなくて、はっきり言うと、話し方が下手だったということです。アンチ安倍の人から『安倍晋三という男をあなたは好きですか』と聞かれたから、『まずもって私の好みの男じゃない』(笑)。だけどそんなことは関係ないことです。私は日本が良くなってほしいと心から思っています。今やりますと言っているのが彼なんだから、やってもらいましょうよ、とただそれだけ。もし彼がダメだったら次の人にやらせたらいい。だけど以前のように首相が1年1年で交代するのはいけない。絶対にいけない。あの状態では日本人は何もできなくなりますから」 塩野氏は「首相が1年1年で交代するのはいけない」と語る 「英国のサッチャー首相は10年続いた。ブレア首相だって10年続いた。つまり10年は必要だと思う。10年続けばおそらく日本人でも何かやりますよ。今のイタリアで中道左派政権のレンツィ首相がやろうとしていることもすごいですよ。まず上院を事実上なくしました。上院議員は選挙では選ばれないことになった。つまり、ねじれ現象が起きない。重要案件を決定する権利は、イタリアの上院にはない。だけど上院の建物は残しました。上院議員は誰がやるかというと、地方都市の市長などです。その人たちには上院議員としての給料は与えない。彼らはすでに市長の給料をもらっているのだからそれでいいだろうと。だから、レンツィ首相は事実上、議会を、一院制にしてしまったのです。これで、ねじれ現象が解消し、2番目には政策決定の時間の短縮につながった」 「この間、日本人から聞かれたのだが、『レンツィ首相が来日した時に、安倍首相と意見がみな合致したが、なぜか』と。私は『当たり前じゃないの』と言いました。中道左派政権と中道右派政権なんていうものは、もうない。レンツィ首相がやろうとしているのは、(緊縮路線の)メルケル独首相の北ヨーロッパとは反対の道です。つまり成長路線に変えたい。安倍さんのアベノミクスもそれでしょう。安全保障の面では、イタリアは海外派兵を1万人くらいやっている。海外派兵を決めるときはイタリアでも国会が承認する必要があります。そのときには必ず野党まで一緒になって協議している。そうしないとヨーロッパの一国としてやっていけないから。安倍さんは中道右派のはずだし、レンツィは中道左派ですが、そんなことは関係ないのです。ただし、レンツィは40歳というところはあるかもしれない」 「いま日本で河野太郎氏が担当している行政改革相は、イタリアでは女の子が務めています。安倍さんは、『レンツィ首相は閣僚の半分が女で、よくやれますね』と言ってますが、彼女たちはそれがみな奇麗で、しかも若さがある。重要なところは平然と『女よ』と言えるところ。なぜやれるのかといったら、ベテラン男性を副大臣にしているからです。イタリアの男は美人の若い女を前にするとなんでも喜んでやっちゃいますから。というわけで今、レンツィ首相の話自体が面白いというところもありますが、イタリアで政治番組を見るのが面白くなっています。今や彼が出ると必ず視聴率が上がるらしい」 ――小泉純一郎首相もテレビに出ると視聴率が取れたらしいです。 「でも、小泉さんはいつも起承転結の起しか言わない人だった。安倍さんは長々と話していると、聞いているほうもわからなくなるけど自分もわからなくなるところがある。それから、外交交渉では主導権は絶対にこちらが持たなくてはいけないが、この大事なことを安倍さんは忘れたりする。でもヨーロッパでは安倍さんはなかなか評判がいいですよ。それからもうひとつ、これは指導者の条件ですが、安倍晋三という男は決して貧相ではない。これはやはり大切な点です。言うことはなんだかわからないところがあるけど、かわいいところがある。一生懸命やろうとしているのは確かです。『男でない』と言われて発奮したんだから。政治のリーダーは美男である必要はないのです。でも明るい顔である必要はある。レンツィだって、トスカーナ風のかわいい顔をしていますよ」 ■心躍らされる主張のない女性政治家 ――安倍政権は女性活躍を看板政策としています。すぐに成果を上げるのは難しく、日本では初の女性首相もまだ見えてきません。 「女の人は、男社会だと言って文句を言う。しかし抗議するのにもエネルギーがいる。人間にはだいたい一定のエネルギーしかないから、抗議するのにエネルギーを使ってしまうと、創造するエネルギーがなくなってしまう。これが日本の多くの有識の女たちのありさまです。だから次期首相だって女だからダメだっていう訳では全然ないのだけれど、心躍らされるようなはっきりした何か、こっちの注意を引くような主張を言わないといけない。しかし、いまの女性政治家にはそれを言う能力が感じられません。まあ安倍さんにもあまりありませんけれど(笑)」 ――日本の野党リーダーは優等生タイプが多い気がします。 「やっぱり辛気くさいのはダメです。だって世の中、全部辛気くさい話ばかりなのに、リーダーまでも辛気くさい顔をしていたらやる気が起きますか。野党の政治家もやはり自分が能力を発揮するチャンスを逃してはいけない。安倍さんはもう後はないのだから、変なことを考えないでやってもらえばよいわけです。私はそういうように見ています。でも日本でこんなことを書いたら、やはりお金を稼ぐにはちょっと具合悪いし、有識者とも呼ばれないし、というわけで、昔の西洋の話を書いているのが楽だという話です」 (聞き手は、伊奈久喜特別編集委員、坂本英二編集委員) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.12.21 13:15:34
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