テーマ:ヨーロッパ旅行(4174)
カテゴリ:東欧
歳月は可憐な少女を大女帝に変えていく。 神聖ローマ帝国の大公女として生まれた彼女は、フランスからウィーンに留学していたロートリンゲン公フランツ.シュテファンと恋に落ち、当時としては奇跡的な恋愛結婚をした。 この結婚の為、フランツはロートリンゲンを放棄しなければならず、嘆き悲しんだ。 現エリザベス女王とフィリップ殿下でもわかるように、女帝と結婚した夫は常に妻の後を歩き、観劇の際は妻は1列目、夫は2列目と屈辱的な場面に遭遇する。 女帝はフランツを深く愛していたものの、女帝としての権威は絶対的に持ち続け、政治には一切、口をはさませなかった。 「女帝の飾り物」として扱われ、マリアテレジアがハンガリー女王になった時、ハンガリー側ではフランツの席すら、用意しない。「共同統治者は認めない、彼は王妃でもない、故に彼の席は用意できない」 戴冠式は教会の窓から覗いたと言う。 フランツは自然科学に興味を持ち、植物園や動物園を造った。 毎回、動物園に行く時間はないが、宮殿と動物園ってちょっと異色でおもしろいと思う。 マリアテレジアは16人の子供を産み、その中の一人はマリーアントワネット。16人って・・・妊娠可能な時期、殆ど妊婦だったと言うことか・・ アントワネットがナイフとフォーク、sweetsをフランスに持ち込んだのはあまりにも有名。 グレートギャラリーと鏡の間。 マリアテレジアは年とってからの肖像も残しちゃったんだ。 ルイ14世はシェーンブルンの様な宮殿が欲しくてベルサイユを造った。 ベルサイユの方が絢爛豪華で完成された感じはあるが、シェーンブルンはどこか人間味を残してあるように思う。今回は床の美しい模様が磨り減ってきていて歩くたびにきしきしと音がする。 ベルサイユと言えば、当時のふっくらしたドレスは宮殿に王族用のトイレしかなかった為、庭で用を足せるようにあのデザインになったそうで、「花を摘みに行く」の意味は。。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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