テーマ:夏目漱石(54)
カテゴリ:夏目漱石
まず、漱石の『彼岸過迄』(新潮文庫6ページ)から引用する。
(引用開始) 自分は又自分の作物を新しい新しいと吹聴する事も好まない。 今の世に無暗に新しがっているものは三越呉服店とヤンキーとそれから文壇に於る一部の作家と評家だろうと自分はとうから考えている。 (引用終了) 【上記の感想】 上記の「ヤンキー」とは何か。 新潮文庫の注解によると、アメリカ人に対する俗称だが、そのなかに軽蔑の気持がこめられている。 と、書かれている。 今の日本では軽蔑の意味があるのかどうか良くわからず。 アメリカのメジャリーグにチーム名にもヤンキースがあることを思うと、ヤンキーという言葉は、当のアメリカでは普通の言葉ではなかろうか。 そんなことはともかく、漱石は、あるいは漱石の時代といったほうか適切なのかもしれないが、アメリカ人に対する気持ちというのは、複雑なものがあったと思われる。 『彼岸過迄』が書かれたのは、1912年。 その8年位前に日露戦争があり、ポーツマス条約(1905年)が締結された。 ポーツマス条約というのは、ウィキペディアによると、日本の方でアメリカに仲介を依頼したようである。 引用すると、次のとおり。 「日露戦争において終始優勢を保っていた日本は、これ以上の戦争継続が国力の面で限界であったことから、当時英仏列強に肩を並べるまでに成長し国際的権威を高めようとしていた米国に仲介を依頼し交渉を行った。」 こういった歴史的背景の一つからも想像できるように、当時のアメリカは新興国を卒業し、国力を誇示している昇竜の時期だったと思われる。 それで、漱石の時代には、アメリカに対する思いに複雑なものがあり、「新しがりやのヤンキー」と書かれたのではあるまいか。 なお、かつて読んだ『ポーツマスの旗』の読後感は、こちら。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/12/27 03:28:21 PM
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