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2013年10月29日
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カテゴリ:つれづれ

「人生に失敗はない」

私が何度もこれまで書いてきたテーマなので
また〜という感じもありますが
でもこれを頭での理解でなく
腹で理解している人は、少ないなあと感じます。

私たちは人生の中でいつも選択や決断を行っています。
結婚するかどうか、仕事をやめるかどうか、子供を生むかどうか
新たなビジネスを始めるかどうか
など、その決断によって大きく人生が変化するような時だけでなく
人生はあらゆる瞬間において、選択の連続です。

キネシオロジーのセッションの中で
この選択や決断が苦手な人を見ていくと
最もあがってくる感情が「失敗することの恐れ」です。

失敗への恐れがある、ということは
これまでの人生での選択に何か失敗があった、と感じているということです。
そして、その根底には、人生には到達するべき目標や何かがあって
そこにすぐに到達しなければ、失敗だと認識する、ということを意味します。

ですが、人生はすべてプロセスです。
例えば、ある人が今、Aの仕事にするか、Bの仕事にするか迷っていたとして
本当の問題はどちらを選ぶか?ということではないのです。

もしその人が迷ったあげく、Aの仕事を選んだとして
それが上手くいかなかったとしたら
「やっぱりBを選ぶべきだった」と後悔するかもしれません。
その後悔を経験をすると、次はなかなか決断できない人になってゆきます。

でも、実際は、もしBを選んだとしても上手くいかなかったかもしれないし
Aを選んでやってみたことで、そこから何かを得て
新たにCという道が見えてくることもあるのです。
上手くいかないことから学ぶことは、とても大きいのですが
多くの人は最初から上手くいくことをよしとしてしまいます。

自分の天職や使命を知りたい、という人は多いですが
人が最も喜びに満ちてできる仕事を天職と呼ぶとしたら
その天職にたどりつくために、他のことを学ぶ必要があることもあります。

これも何度か以前に書いてきましたが
今のヒーリングやセラピーの仕事は私にとっての天職だと思っていますが
ここに辿りつくまでに
シンセサイザーのデモンストレーターや楽器の営業職や
ホステスや塾の講師やバーテンダーやウエイトレスなどいろんな仕事を経てきました。
それらの仕事をやっている時に、これが天職だ、とは感じていなかったですが
それでもベストを尽くしてきたし、最大限に楽しんできました。
何よりそれぞれの場所での人間関係やコミュニケーションから学んだことは
今の私のヒーリングの仕事にすべてプラスになっていて
そこでの学びがなければ、今の私はなかったと思うのです。

もちろんこれは、ヒーラーになるためには、いろんな仕事を経験しなければ
ということではありません。
人によっては、一足飛びにヒーラーやセラピストへの道を歩む人もいるでしょうし
それはそれでその人にとってベストの道なのです。
例え、今あなたが何をやっていたとしても
それはあなたの人生で必要なプロセスです。

ですから、決断できない人の問題は、どちらを選ぶか、ではなく
なぜ決断できないか?ということにあります。

例えば、AかBか迷っていて、サイキックや占いの人に
あなたは「Aですよ」と言われて、Aを選んだとしても
自分で決断できないことの問題はより深くなります。

私のキネシオロジーのセッションで、その人の魂レベルではどちらを選択したいか?
ということを身体に聞いていくこともありますが
それと同時に、その決断を防いでいるものが何かを見て
それを手放し、決断できる人になることが
何よりも大切だと感じます。

さて、決断できない人は
本当の自分はどうしたいのか?が見えていない
つまり前回書いたように内観の力の弱さとともに
自分の選択を信頼することができない人が多いですが
少し前に「自由でいたいという意識」のところで書いた
他の人の感情にまで責任を取ろうとしている人も
他者との関係において、決断力が弱くなります。
会社で今後の新たな方針を決定する、などの大きな問題でなくても
例えば、友人と食事に行くのに、自分がレストランを選ぶと
もしそのレストランの料理がおいしくなかったら困る
などと感じ、自分では決断できずいつも相手に任せるとしたら
それは、不要な責任を負っている、ということです。
そういう人は相手がレストランを選んで、例えおいしくなかったとしても
いいのですが、自分が選んでおいしくなかったら責任を感じてしまうので
その責任(実際は負う必要がない)から
自由でいるために、自分で決断できないのです。

親が子供に対して、子供が失敗しないようにと
いつも気を使っているようなケースでは
子供の決断力は弱くなる傾向にあり
大人になっても決断できない人になってゆきます。
親は、子供に対して
「あなたは何をどうやっても大丈夫よ」と信頼し
例え、上手くいかなかったとしても、あたふたせずに
それはそれで経験できてよかったね、というスタンスでいれば
子供は失敗を恐れなくなるし、自分で決断することができるようになります。

一方、キネシオロジーのセッションを受けて、多くの人たちが言われることの一つに
「もっとこれを早く受けておけばよかった。
なぜもっと早くこのヒーリングに出会わなかったのかしら?」
ということがあります。
すべてはベストのタイミングで起こることをよく知っているおさむでさえ
「俺がもし子供の頃にこのヒーリングを受けていたとしたら
小学校からずっと苦痛な学校生活を送る必要はなかったのに〜」
と半分冗談、半分本気で言っていました。

ですが、やはりヒーリングやセラピーを受けるタイミングも
すべて完璧であって失敗はないのです。
おさむは、その辛い子供時代を過ごしてきて
ヒーリングでそれらの抑圧された感情や思い込みを手放して
人とコミュニケーションを楽しむ自分に変化したことで
より今の喜びを感じることができるし
そして、それは彼がセラピーをやっていく上で
同じ問題を抱えた人たちの要因がどこにあるのかが見えてきます。
(その問題を抱えたままでは、何も見えてきませんが)
そして、私はそのおさむを通じて
人とのコミュニケーションが上手く取れない人たちの問題に
気づくことができるのです。

例えば、自分への深い信頼、ということにおいて
私はこれまでの人生で、何かができないから自分はだめだ
と感じたことは、たぶん一度もないように思います。
キネシオロジーのセッションを始めたばかりの時も
当然、筋反射を上手く取れないこともあったし、目標設定が上手くできないことも
何度もありましたが、私にとってはそれはそういうもので、いずれ見えてくるだろう
と思っていたので、どんどんセッションを重ねることができたし
だからこそ、今、ここまでやれるようになったわけです。

一方、おさむは、今は変わりましたが
以前は、簡単に落ち込む人で
すぐに「おれはだめだ〜」になってしまう人なので
私はよく「ひゃ〜また落ち込んでる〜
(エネルギーがよどんでいるので)近寄らんどこ〜」
などと冗談で言っていました(←慰めないひどいやつ?あっかんべー
彼の場合は、何かが上手くできない
ということが自分への不信頼につながるのです。

おさむだけではなく、簡単に落ち込んだり挫折する人は多いです。
例えば、ヒーリングのクラスなどで新たな技術を学んできて
実際に家族や友人にやってみると、クラスの中では簡単にできたことが
上手くいかない、などということが起こります。
そして、何人か続けて上手くいかないと
「私にはこれは向いてない」とやめてしまう人が多いのです。
たった3人ぐらいで挫折する人が多いので
「3人挫折パターン」と私は呼んでいますが
そういった人たちの何が根本的な問題なのか?
例え、私自身の経験からはわからなくても、おさむや
他の人たちを通じて、見えてきます。

人はその1回の人生では、すべてを経験することはできません。
ですが、出会う人たちを通じて
自分が学んでいないものに気づくことができます。
先日、クライアントさんで「夫と価値観が違うのですが」
と言われた方がいらっしゃったのですが
私から見ると、最初から周りの人たちと全く同じ価値観だなんて
なんとおもしろくない人生かしら?と思います。
違う価値観、違う人生経験、違う考え方、だからこそ
自分が気づかなかった意識を知ることができて
人生はより深く、豊かになってゆくのですから。

一方で、また話がちょっとずれてしまうかもですが
「人生に失敗はない」のは普遍的な真理ですが
かといって「人は経験から学ぶ」とは限らないということです。
苦労や辛い経験を超えた人が、何か真理を学んでいるわけではありません。
ここを理解していないと、苦労自慢する人になったり
困難を乗り越えなければ人として成長しない
などという歪んだ信念体系ができあがります。
人は時にその経験から学ぶべきこととは、全く違うことを「学んで」います。

あるクライアントさんで
その方は、以前、自分がわくわくする分野で得意だと感じていたことを学んだ後
それを仕事をしようとあらゆることをあれこれやってみたけれど
結局、上手く行かず挫折して
今は他にやりたいことを探しています、という方がいました。

その方は、自分はさんざん努力してもだめだった、もう他には道がなかった
と「その経験から学んだ」と思っているのですが
身体の声を聞いてゆくと、要因は別のところにありました。
上手くいかなかったのは、その人が、人からのサポートを得ることをせず
自分だけの頭で考えて、あれこれやってきたことにあったのです。
人が自分で知っていることなんて、ほんのわずかなものですが
いろんな人の力やアイデアを得ることができれば
自分の得意な分野でそれを生かしてゆく道が必ずあります。
その人がその経験から学ぶべきことは「その仕事は自分には向いてない」
ということではなく
「自分一人でやらず、他の人とつながって人からのアイデアや力を得る」
ということでした。

でも、例えその方が今、キネシオロジーのセッションを受けなかったとしても
いずれ、あれこれと他の仕事を探してみて、結局、自分にはこれしかなかった
ということに気づくかもしれません。
それが何年先か、今すぐか、の違いだけです。
そして何年先になったとしても、そのプロセスもまた
必要ということです。

キネシオロジーは、その人の人生での学びのプロセスを加速させる
と私は感じています。
時には、その人が何年もかけて気づいてくることを
たった1回のセッションで気づくことにもなります。
もしも、おさむが子供の頃にこういうセラピーを受けて
人とのコミュニケーションを楽しむことができたとしたら
全く違う人生になったことは間違いないですが
結論から言うと、どちらでもいいのです。
ゲームのステージ1からスタートするのも
ステージ7からスタートするのも両方のよさがあります。
人生はすべて自分の選択の結果だ
とも言えるし、その選択するということも含めて
人生はすべて運命で決まっている、とも言えます。

ですから、小さな子供の頃にセッションを受けても
それはそれでベストのタイミングです。
わざわざ苦労や困難を経験してから、それを癒す
というプロセスを経てゆく必要はありません。
子供の頃からこういうセッションを受けていれば
より楽に人生を歩くことができますが
また別のレベルでの学びが必ず待っていますから。
困難から学ぶ、というあり方ではなく
喜びから学ぶというあり方です。

人生は何かを達成したら終わりではなく、永遠にプロセスです。
ですから、今、あなたがどんな場所にいても完璧であって
何を選択したとしても、何一つ失敗はないのです晴れ
 





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最終更新日  2013年10月30日 07時29分50秒
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