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カテゴリ:読書(ノンフィクション12~)
「一度きりの大泉の話」萩尾望都 河出書房新社 「ひとつ屋根の下に作家が2人もいるなんて聞いたこともないよ。とんでもない話だ」(「少年の名はジルベール」より)1970年10月、萩尾望都、竹宮恵子の2人が一緒の借家に住む予定を、共通の編集者の山本氏に告げた時に、彼は上のように警告したという。 「あなたね、個性ある創作家が二人で同じ家に住むなんて、考えられない、そんなことは絶対だめよ」1973年5月、大泉で傷ついて埼玉に引っ越した時に、萩尾望都は木原敏江にそう言われたという。(本書167p) ‥‥結局はそういうことだったのだ。 その2.5年間。萩尾望都と竹宮恵子が共通の知人・増山法恵を通じて出逢い、増山家隣の二階建てのボロ屋に一緒に住みながら新しい少女マンガを描き始めた。その家はのちに大泉サロンと言われ、前途有望な若手漫画家が集ったことで知られている。その2.5年間(大泉サロンは2年間)、2人の才能は急速に開花した。萩尾望都は「トーマの心臓」の300pの習作を既に書いていたし、「ポーの一族」のシリーズ連載を始めていた。竹宮恵子は「少女マンガに革命を起こす」戦略の下「風と木の詩」連載を勝ち取るために、頭の固い編集局と闘っていた(連載開始は1976年)。次々と新しい少女マンガ雑誌が創刊され、健康な学園ものやスポーツもの、可哀想な少女だけが描かれる時代ではなくなっていた。2人の作家が目指す作品は、その編集者の思惑の遥か前にあった。そこでは、頭のいい竹宮が、天才肌の萩尾を、憧れ畏れ妬む要因も産まれていただろう。 「少年の名はジルベール」には、竹宮の嫉妬心理は詳細に告白されているが、実際に何があったのかは曖昧にされた。本書で、その具体的な経緯が初めて明らかになった。事実経過は2人とも同じことを書いている(そのあと派生した噂の真相については別)ので、2人が決別した契機は本書に書いている通りだと思われる。 決別は大泉解散の後、竹宮が萩尾の「ポーの一族」の「小鳥の巣」の第一回連載を見て、竹宮が公然の秘密にしていた「風と木の詩」の設定をパクったと非難したことがキッカケである。数日後竹宮は萩尾宅を訪れ「あの日言ったことはなかったことにして欲しい」と言った上で「距離を置いて欲しい」という意味の手紙を置いて帰るのである。全く意味がわからず、その後萩尾は心因性ショックの貧血で倒れ視覚障害を起こし入院する。 盗作かどうかは、普通のマンガファンならば簡単に「違う」と言えると思う。明らかに全く違う作品だからだ。ただあの頃の萩尾作品は、大泉の環境がなかったら(特に増田法恵の影響がなければ)生まれなかった事も確かである。それにしても「小鳥の巣」が、そんな悪条件で生まれたとは思いもしなかった。私は既存「ポーの一族」シリーズの中で最高傑作だと思っている(詳しくは「ポーの一族復刻版(3)」のマイレビューを読んで欲しい)。「盗作とは認めさせない」という緊張感がかえって良かったのか? そのあと、萩尾はこの出来事を永久凍土に埋めて封印した。竹宮と増山には極力出会わない様にしたばかりか、竹宮の作品は一切目に触れない様にした。竹宮を恨み、自分が暴走することが怖かったのである。今回一旦解凍したのは、「ジルベール」の為にあまりにも周りが姦(かしま)しくなったからである。 少女同士ではよくある、気持ちの行き違いによるケンカだった気がする。問題は、2人は少女マンガ界を代表する漫画家だったということだ。竹宮はそのあと、スランプから脱し自分のスタイルを確立し念願の「風と木の詩」も勝ち取り、次々と代表作品を発表した。自己肯定感薄い萩尾は一時期漫画家を辞めるかどうかを逡巡し、画風を変えて漫画家として生きることを決心する。私は、基本的には竹宮恵子の拙い嫉妬が原因であり、彼女が悪かったのだと思っているが、萩尾望都が後になって分析しているように、人間関係には理屈の通らない「排他的独占領域」というものは確かにあり、その地雷を踏んだ萩尾が、二度と踏まない様に3人の関係を修復させる意思を持たない決心をしたというのも充分に理解できるところ。トラウマは何年経っても治らない。 だから、私は萩尾望都には「そのままでいい」と言いたい。もう決して大泉時代を語って欲しいとは言わない。いや、語ってほしくない。このまま無事に「ポーの一族」完成を目指して欲しい。改めて言っておきたい。萩尾望都、貴女は天才です。 けれども、2人の著作で70年代初めの新しい少女マンガ揺籃期の内実が分かったことは、大きな収穫だったと思う。 本書は資料的な価値も高い。 傷心のまま英国語学留学していた時に、全て1人で描いた「ハワードさんの新聞広告」は、いろんな意味で貴重な作品だったことがわかった。原作付きの作品だったが、何処から見ても萩尾望都作品になっている。特に「知ってるでしょ ただの子どもはみんな飛ぶんだ」と言いながら消えてゆくジルの姿は、その数年後の「ポーの一族」エドガーの先駆形である。 今回、10数ページも、「トーマの心臓」と「ポーの一族」の未発表のクロッキー帳画が出ているのも貴重である。 2021年6月7日読了 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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はじめまして。
「一度きりの大泉の話」は未読なのですが、本記事は参考になりました。 竹宮恵子さんは自著「少年の名はジルベール」および、昨年の読売新聞の「時代の証言者」というロングインタビューで大泉時代を振り返り、当時才能豊かな萩尾さんへ嫉妬していたという事実を認めていますが、私には一つ気になることがあります。 自身かつて漫画家志望であり、竹宮さんら多くの少女漫画家と交流があった作家の栗本薫さんが、1978年に江戸川乱歩賞を受賞した「ぼくらの時代」では、作者自身の投影である主人公(男性化されている)ら三人が結成している音楽バンドが「ポーの一族」という名であるなど、萩尾作品へのリスペクトが感じられる内容であったのが、一転して翌年の続編「ぼくらの気持」では人気少女漫画家殺人事件を描き、ガイシャが「花咲麻紀」という萩尾望都をどこか想起させる名で、自身の一門のアシスタントや独り立ちした元アシの漫画家の作品を盗作する非道な人物として描かれ、主人公がモノローグで「業界では有名な盗作屋のアイデアどろぼう」と断じたりしています。 作品の終盤での謎解きでは、萩尾さんの「トーマの心臓」により日本では知られるようになったドイツの高専「ギムナジウム」というキーワードが出され、そこから「盗作」が認定されるというあからさまな描写があり、かつ初出のハードカバー版の作者あとがきでは、「少女漫画界のことをいろいろ教えてくれた竹宮恵子さん」への感謝の言葉が記されていて、これを昔読んだ時にはかなり違和感と不可解さが残ったものでした。 1970年代初頭、少女漫画界では大御所のわたなべまさこ、中堅で売れっ子だった一条ゆかりといった既成作家たちが作・画・感性ともにずば抜けた萩尾望都という新鋭の台頭に衝撃を受けていたということが伝えられていますが、考えたくはないし栗本さんももう故人なので確認のしようがありませんが、もし竹宮さんが故意に「盗作作家」のレッテルで “萩尾潰し” のような行為を陰で行っていたとしたら…と思うと、暗澹とした気分になります。 (2021年06月13日 02時49分10秒)
未明の投稿は説明が少し足りなかったのですが、「『花咲麻紀』という萩尾望都をどこか想起させる名で」と述べたのは、書き忘れてしまいましたが姓先イニシャルでは共にH.M.であること、「ぼくらの気持」の記すところでは少女漫画家は「あれがと驚くような金字塔でさえ」男のアイデア提供者が陰にいるとか、漫画家も女同士だと雑誌掲載時の待遇の違いで嫉妬心がぶつかり合うなどといった裏事情が述べられていて、これらはいずれも竹宮発の裏ネタであると思われ、もちろん名指しはないものの全体的に萩尾さんの事をほのめかしているのでは…? と思えるような、否定的な印象を重ねて残す内容でした。
栗本薫さんの同シリーズでは、のちには主人公ら三人のバンド名も「ポーの一族」から(竹宮さんの「地球へ…」の指導者的キャラ名の)「ソルジャー・ブルー」に変更されたり、萩尾さんの唯一の少年漫画で、光瀬龍原作ながら秀逸なコミカライズにより萩尾作品として屈指の名作と認められている「百億の昼と千億の夜」原作本で、ある版の解説を栗本さんが書きおろしていたと思いますが、萩尾漫画化には途中で少し触れる程度と冷淡な扱いで、この頃第一作の当時と違って栗本さんは竹宮さんの影響の元、かなり反萩尾的になっていたように思われます。 何が真相なのは判らないけれど、隠れた悪意が行き交うような、残念な出来事であったように思っています。 (2021年06月13日 23時20分58秒)
Black Magicさんへ
今晩は。 読んでコメントくださってありがとうございます。 先ずお願いしたいのは、出来うることならば「一度きりの大泉の話」を紐解いて欲しい。それを読むと、誰が悪者かということを含めて大泉のこと、つまりは盗作云々とかいう話が拡散されたり、大泉サロンが神聖化されたりすることを萩尾望都が「恐れている」ことがよくわかると思います。書かれていることをもとに、例えば、このコメント欄で話題にするのはいいと思うけど、そこからいらない尾鰭が付いて他のところで噂が拡散されるのは、萩尾望都の願っていることではない。それを前提でコメントを返します。 確かに、1974年に(72年にはほぼ完成されていた)「トーマの心臓」盗作説は流れていて、萩尾望都はかなり傷ついたようです。これに関しては、根拠が全然わかりません。竹宮惠子のせいとも書いていません。「××女史が原作を書いた」と言っている、というような「事実」も出てきます。ハッキリ言って現在は藪の中です。一つわかるのは、その全ては盗作やら原作問題すべては萩尾望都はシロだということです。萩尾望都は本書でかなり慎重に「証拠」を提示しています。 栗本薫が何を根拠に「ぼくらの時代」で描き方を変えたのかはわかりませんが、ハッキリ言って掘り返す問題ではないな、と思います。このコメントの説明も、たとえ大泉が関係していたとしても、あくまでも栗本薫の作品としての問題なので、そこから事実を類推するのは明確な根拠がない限りしない方がいいと思います。 (2021年06月14日 00時21分08秒) |
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