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石牟礼道子「魂の秘境から」(朝日新聞出版)
石牟礼道子さんが2018年2月に亡くなって、二年の年月が過ぎました。亡くなった年の四月に、生前「朝日新聞」に月一度の連載で掲載されていたエッセイに「魂の秘境から」という題がつけられた本が出ました。 彼女が晩年、パーキンソン病に苦しめられていたことはよく知られていますが、入所された介護施設での暮らしの中で書き続けられた、いや、口述らしいですから、語り続けらたエッセイが一冊の本になっています。 連載は2015年の一月から、亡くなった2018年の二月十日の十日前一月三十一日まで続いていたようです。 31回の連載には「夢」と「記憶」が綴られています。最初の「少年」との出会い、アコウの大木、父と祖父と石と、沖縄戦で死んだ兄、繰り返し夢に現れる母。大まわりの塘、水俣から不知火の海。 ページを繰っていると、時々白黒の写真があって、文章の淡々しいシーンと交錯します。時に、ハッとするような、こんな言葉が書きつけられています。 文章を書くということは、自分が蛇体であるということを忘れたくて、道端の草花、四季折々に小さな花をつける雑草と戯れることと似ていると思う。たとえば、春の野に芽を出す七草や蓮華草や、数知れず咲き拡がってゆく野草のさまざまを思い浮かべたわむれていると時刻を忘れる。魂が遠ざれきするのである。(魂の遠ざれき 二〇一六年二月二十三日) 石牟礼さんの「魂」が何処へともなくさまよい出てゆく、そのお出かけに付き合うのに、ほんとうは、妙な緊張感はいらないでしょう。そう思ってページを繰るとこんな写真が添えられていました。 祈るべき 天とおもえど 天の病む東北の震災のあとの句だったと思います。とても有名な句なのですが、やはり、しばらくの間、言葉を失って見つめていました。 一番最後の文章の日付は二〇一八年一月三十一日です。彼女の死の十日前ですね。題は「明け方の夢」です。 この前、明け方の夢を書き留めるように記した「虹」という短い詩にも、やっぱり猫が貌をのぞかせた。同やら、黒白ぶちの面影があるようにも思える。 これが、あの石牟礼道子さんの絶筆です。何も言う必要を感じません。石牟礼道子さんという人はこういう人だったんです。 追記2020・03・11 自分はこの世に必要ないのではないかという人がいるが、そんなことは誰も言っちゃおらん。花を見てごらん、鳥のさえずりを聞いてごらん。世界はこんなにも美しく、誰しもを歓迎していてくれる。(2022・12・26読売新聞) どうにも避けることができないことだというのはわかっているつもりですが、こうして、みんな亡くなってしまうのですね。 ボタン押してね! ボタン押してね! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.12.26 22:55:31
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