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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2020.03.13
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​石牟礼道子「魂の秘境から」(朝日新聞出版)
 
​​石牟礼道子さん20182に亡くなって、二年の年月が過ぎました。亡くなった年の四月に、生前「朝日新聞」に月一度の連載で掲載されていたエッセイに「魂の秘境から」という題がつけられた本が出ました。
​​ 彼女が晩年、パーキンソン病に苦しめられていたことはよく知られていますが、入所された介護施設での暮らしの中で書き続けられた、いや、口述らしいですから、語り続けらたエッセイが一冊の本になっています。
 連載は2015の一月から、亡くなった2018の二月十日の十日前一月三十一日まで続いていたようです。
 31回の連載には「夢」「記憶」が綴られています。最初の「少年」との出会い、アコウの大木、父と祖父と石と、沖縄戦で死んだ兄、繰り返し夢に現れる母。大まわりの塘、水俣から不知火の海。
 ページを繰っていると、時々白黒の写真があって、文章の
淡々しいシーンと交錯します。時に、ハッとするような、こんな言葉が書きつけられています。
​ 文章を書くということは、自分が蛇体であるということを忘れたくて、道端の草花、四季折々に小さな花をつける雑草と戯れることと似ていると思う。たとえば、春の野に芽を出す七草や蓮華草や、数知れず咲き拡がってゆく野草のさまざまを思い浮かべたわむれていると時刻を忘れる。魂が遠ざれきするのである。(魂の遠ざれき 二〇一六年二月二十三日)​

 石牟礼さんの「魂」が何処へともなくさまよい出てゆく、そのお出かけに付き合うのに、ほんとうは、妙な緊張感はいらないでしょう。そう思ってページを繰るとこんな写真が添えられていました。
 彼女の手に目を瞠り、写真の中でその手が書き記そうとしている言葉を追いました。

祈るべき 天とおもえど 天の病む
 ​東北の震災のあとの句だったと思います。とても有名な句なのですが、やはり、しばらくの間、言葉を失って見つめていました。

​ 一番最後の文章の日付は二〇一八年一月三十一日です。彼女の死の十日前ですね。題は「明け方の夢」です。​

 この前、明け方の夢を書き留めるように記した「虹」という短い詩にも、やっぱり猫が貌をのぞかせた。同やら、黒白ぶちの面影があるようにも思える。
 不知火海の海の上が
 むらさき色の夕焼け空になったのは
 一色足りない虹の橋がかかったせいではなかろうか
 この海をどうにか渡らねばならないが
 漕ぎ渡る舟は持たないし
 なんとしよう

 媛よ
 そういうときのためにお前には
 神猫の仔をつけておいたのではなかったか
 その猫の仔はねずみの仔らと
 天空をあそびほうけるばかり
 いまは媛の袖の中で
 むらさき色の魚の仔と戯れる
 夢を見ている真っ最中

 かつては不知火海の沖に浮かべた舟同士で、魚や猫のやり取りをする付き合いがあった。ねずみがかじらぬよう漁網の番をする猫は、漁村の欠かせぬ一員。釣りが好きだった祖父の松太郎も仔猫を船に乗せ、水俣の漁村からやってくる漁師さんたちに、舟縁越しに手渡していたのだった。
 ところが、昭和三十年代の初めころから、海辺の猫たちが「狂い死にする」という噂が聞こえてきた。地面に鼻で逆立ちしきりきり回り、最後は海に飛び込んでしまうのだという。死期を悟った猫が人に知られず姿を消すことを、土地では「猫嶽に登る」と言い慣わしてきた。そんな恥じらいを知る生きものにとって「狂い死に」とはあまりにむごい最期である。
​さし上げた仔猫たちが気がかりで、わたしは家の仕事の都合をつけては漁村を訪ね歩くようになった。猫に誘われるまま、のちに水俣病と呼ばれる事件の水端に立ち会っていたのだった。​(二〇一八年一月三十一日朝日新聞掲載)註「媛」には「ひめ」とフリガナがついています。​

​​​​ これが、あの石牟礼道子さんの絶筆です。何も言う必要を感じません。​石牟礼道子さん​という人はこういう人だったんです。​

追記20200311
 記事は口述だったそうです。昨晩の「夢」を語っていらっしゃる石牟礼さんの姿はそこにあるのですが、魂は、時間も場所も超えて、よざれていらっしゃったのでしょうね。
​​ 全く偶然なのですが、この記事を書いている今日は東北の震災の日でした。今日あたり、彼女の魂は、どのあたりによざれていらっしゃるのでしょうか。「天」ではなく「人」が病んでいくこの国の世相をどうご覧になっているのでしょかね。
追記2022・12・26
石牟礼道子の文業を、文字通り、その始まりから生涯支え続けた渡辺京二の訃報をネットで見ました。命日2022年12月25日死因は老衰だそうです。92歳だったそうです。​​

 無念という言葉が浮かんできました。
​​

​​ 自分はこの世に必要ないのではないかという人がいるが、そんなことは誰も言っちゃおらん。花を見てごらん、鳥のさえずりを聞いてごらん。世界はこんなにも美しく、誰しもを歓迎していてくれる​。(2022・12・26読売新聞)​​​

​ どうにも避けることができないことだというのはわかっているつもりですが、こうして、​みんな亡くなってしまうのですね。​




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最終更新日  2022.12.26 22:55:31
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