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カテゴリ:読書フィクション(12~)
「四畳半タイムマシンブルース」森見登美彦 原案・上田誠 角川書店 普段は「ネタバレ警告」なんてしないのだが、今回はそれをしないと書けそうにない。でも基本的には匂わす程度に留めることをお約束します。 ‥‥まさか、そう来るとは! いや、ストーリーが意外だったわけではない。 むしろ映画「サマータイムマシンブルース」と、あまりにも相似形のストーリーに戸惑ったほどである(タイムマシンを持ってくる田村くん、穴掘り名人の犬のケチャという名前まで同じ)。 なんと森見登美彦の文体の才弁縦横、軽妙洒脱、機知奇策、因循姑息、満漢全席たる所が鳴りを潜めているのである。むしろ夏の終わりの蜩鳴く寂寥さえ覚える静かさが、この作品の特徴である。‥‥と言ったならば、「そんな大嘘を書いてもらっては困る、夏真っ盛りに終始一つのクーラーリモコンを巡って大騒ぎするこの作品の何処が寂寥なのか!」と怒鳴り込む相島氏も出てくるや知れぬ。彼は最後の挿話は知らぬのであるから、理屈屋の相島氏は理解しないであろう。 何故、「原案」と同じなのか?森見登美彦ならば、もっと弾けてもいいのではないか?しかし、私は最後まで読んで「承知」したのである。年代は書いていないが、これは現代の話ではない。携帯は出てくるけど、これは少なくとも映画公開の2005年の話であり、田村くんは2030年からやってきたのだ(と、推理する)。その間にあったことを、その間の人たちが青春を懐かしむ話だったのである。 アパートから炎天下の住宅地に出たのは午後4時前、傾き始めた太陽が足下に色濃い影を落とし、街路樹では蝉が鳴いていた。 まるでデジャヴのようだと私は思った。 しかしこれはデジャヴではない。紛う方なき反復なのだ。(114p) (以下は「私」ではなく私の呟き)まるでデジャヴのようだと私は思った。 しかしこれはデジャヴではない。紛う方なき「映画の」反復なのだ。 「そういうことだったんですね」 明石さんならぬ私は、呟き、ヴィダルサスーン紛失事件の顛末まで一緒なのを確かめながら、田村くんの名前が偽名だったことが明かされる。おや‥‥。 そして、図らずも第一部「四畳半神話体系」という「小説」が生まれる瞬間が登場する。つまり、登場人物が違う他には、映画には全くない挿話が2-3出てくるのである。 本書は、森見登美彦の見事な青春の書である。と、同時に森見登美彦から私たちに贈られた「タイムマシン」なのである。その意味の妙味を逐一書くことは差し控えたい。読者もそんな唾棄すべきものを読んで、貴重な時間を溝に捨てたくはないだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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