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カテゴリ:読書(フィクション)
『深追い』実業之日本社 横山秀夫
郊外にあるその警察署は五階建ての庁舎の裏に家族宿舎と独身寮まで建てている住職一体の「村」である。三つ鐘警察署を舞台とする連作短編集。交通課。鑑識課。盗犯一係。警務課。警察署次長。会計課。警察小説であるが、その登場人物は多様を極めている。ミステリの体裁を持ちながらそのなかの組織の中のさまざまな生き方を浮かび上がらせる。横山秀夫の短編にはほとんどはずれが無い。藤沢周平が出てきたときとよく似ている。彼も中年を過ぎて小説を書きだし、自らの鬱屈を吐き出していった。警察周りの新聞記者を辞めて、長い潜伏期間を経て、書き始められた横山秀夫の中にもきっと書かずにいられないことが有るのだろう。 例えば『訳あり』。警務課の滝沢は、気の進まない仕事を頼まれる。本部の二課課長によからぬ女ができたらしい。「お守り役」二課次長が所轄で同期の滝沢に調べてほしいという。一度左遷させられた滝沢にはかっこうの本部帰省のための材料だった。キャリア課長の失態を未然に防ぐための探偵のようなその仕事は、滝沢の思う警察官の仕事とは程遠いだろう。「席をたつなら今だろうと思った。」しかし引きうける。 単行本の奥付けは2002年12月15日初版。その一ヵ月後2003年1月15日には4刷を数えている。どんな人たちがこの本を買い求めたのだろう。年末も押し迫って残業を抱える仕事人間が駅地下の本屋でふと買い求める。読んでみて、妻にも言えない屈辱的な自分の仕事の一断面を思い出す。(滝沢は一体どうなってしまうのだろう‥)彼にとっては人ごとではない。結局小説は『筋を通した』結果に終わる。仕事人間はホッとする。(そうだよ、そうでなくちゃ。でも俺には妻も子供もいるし、第一この男のように機転も利かないし、かっこいい言葉も出ないし‥)(俺がもし失業したら、もう年間200万円くらいしか稼げるような仕事しか残っていないだろう。家族のためには、家族のためだけに、屈辱的な仕事もしていこう。)ほとんどのサラリーマンはそう思い、せめて横山秀夫の小説を読むことで憂さを晴らしていたのかもしれない。でも思うのだ。一年のうち一回ぐらいは、たいしたことで無ければやってみても良いかな、と。 他には『又聞き』の最後の一行にやられた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年08月01日 23時32分05秒
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