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2020.07.09
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カテゴリ:歴史
倭人はどこから来たのか 佐野寿龍

 日本列島に縄文人が住んでいてそれを渡来人たる弥生人が押しのけたというのが私達が学生時代に習った日本古代史だ。
 今こうして日本古代史をもう一度紐解こうという気にならなかったら、墓場までその考えを持ち込んだろう。
 だが待て、そうじゃない。
 まず中国との関係だが、
 何となれば、倭人が活躍していた年代と、中国本土における戦国動乱の時代(紀元前403~221年)とが重なり合う時期があるため、そこから押し出されたとりわけ江南の呉越地方(揚子江の下流域)の人々が稲作文化を携えて倭国(日本)に渡来したという可能性、あるいは朝鮮半島の渡来人から稲作を初めとする先進文化を教えられたとする可能性などを否定するだけの材料を持ち合わせていなかった
として、稲作と戦国動乱の時代の中国と倭国の関係から、まず中国江南部が日本に何らかの影響を及ぼしていることが明らかになった。
 さらにY染色体DNA鑑定からも関係性が強いというエビデンスもある。
 さて上記だが、つまり著者はだからといって日本人が中国の渡来者から征服されたものではないということを強調しているのだ。
 さらに​
 雲南・チベットから華南(揚子江流域)、台湾を経て日本の南西部に広がる照葉樹林帯の人々は、その文化を同じくすると謂われているが、とりわけ、水稲耕作を主とする倭人と中国揚子江の中・下流地方の人々が、水稲耕作に伴う文化複合体としての、たとえば高床式住居・そこに取り付けられたいわゆるネズミ返し、千木、カツオ木、羽子板での羽根つき、竹馬、げた、チマキ、もち、おこわ、納豆、新嘗祭・田植えの際の儀式などの共通の民俗がもたらされるのはごく自然のことである。
という文化が持ち込まれたことは認めるが、征服されたのではない、というスタンスだ。
 そう、事実は事実として認めるほかないのだ。
 それが証拠というものだ。
 だからといって征服されたものでもないというのは至極もっともな考えだ。
 要するに著者によれば、原日本人たる縄文人がガラパゴス化して独自の文化を作ったところに海外からの文化が入り込んできたのであり、体型体質等の変化は自然の成り行きだというのだ。
 しかしそれは推論に過ぎない。
 あくまでもエビデンスがなければ証明されたことにはならない。
 もはや日本古代史は科学なのだから。





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最終更新日  2020.07.09 05:00:08
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