わからないから目に見えるものに感動して、わかるから目に見えないものに感動する
未知との遭遇。 多くの人に未知なるものがたくさんあります。 そして、人生のアーリーステージ、未知との遭遇に感動するでしょう。 未知との遭遇は未知である故、わかりやすく多くの人を引き込みます。 また、インターネットの普及によって、情報が簡単に入手できるようになりました。 情報発信が簡単になると、この“わかりやすい未知との遭遇”がより重宝されるようになります。 わかりやすいもののほうが伝えやすいからです。 そして、わかりにくいものは、一見すると時代に合わないようにも思えます。 目には見えないですので、多くの人は気づきません。 気づくためには知識や経験が必要だからです。 そして、情報発信するオピニオンリーダーに見捨てされるからです。 料理人が若いとき、真新しいものを追うでしょう。 トレンドや調理器具、食材などなど、調理人にとっても未知との遭遇は魅力があります。 そして、これが悪いと、私は思いません。 なぜならば、量芸子を積むと、ある日突然、この見えないものが見えるようになるからです。 この見えないものが見えるようになった時の感動は、なんとも言えないしみじみとしたものがあります。 自分と相手の経験、知識、技術、時間、伸びしろ、ご縁、人生、未来すべてがシンクロするからです。 見えないものは、時代に流されず、時代を越え、感動を与えるものだと思います。 色即是空 空即是色 すべては、量芸子から始まります。 私は、次の時代に残すべき商売の価値観を見えないものがわかる人を増やすことに置いています。 だから、この価値観を増やすために、塾生を少しずつ増やそうと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2017.02.28 11:39:59
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