テーマ:グルメな仕事(993)
カテゴリ:産地・生産者訪問
過去の大久保一彦コラムを検証。
時代がどう変わったか、みなさんもお確かめください。 本日は、2005年12月号日経レストランよりです。約9年前にどんなことを書いてましたでしょうか? 「これお酢じゃないんですか・・」先日、京都府の天橋立で有名な宮津市にある飯尾醸造所に取材で訪れた時のひとコマだ。 飯尾醸造所は、豊作などの様々な事情で過剰となった地域の農作物を利用してお酢作りをしており、紅芋酢や無花果酢などを試飲している時に、これらの酢は厳密には、定義上お酢でないことを知った。 飯尾醸造所の飯尾毅社長というと、あのアニメの“おいしんぼ”にも登場し、ちょっとした著名人である。飯尾醸造所では昔からのこだわったお酢作りを続け、醸造酢業界の異端児と言われている。 お酢は、われわれ飲食業界の人間も、つい最近まではこだわっていなかった食材といえよう。原料や醸造の日数、醸造方法など語られることよりは、いかに安く仕入れることを考えてきことだろうか。 例えば、米酢を1リットル作るのに理論上、120グラムのお米が必要なのだが、ほとんどの米酢の原料では40グラム程度しか使われていない。そんなことに目を向けたことがあるだろうか? なぜだろうか?そこが、味噌だ。私たちが安心して信じている基準に原因があるのだ。 日本農林規格(JAS)では40グラム使えば米酢と表示できる。でも、消費者のほとんどはこの事実を知らない。いや、プロである料理に携わる人も知らない。 飯尾社長が業界の異端児と言われるのはこれらの基準を無視し、ただひたすらお客様においしいお酢を提供しようとしている点にある。飯尾醸造所は原料にこだわっており、わざわざ、有機無農薬米からお酢を作るために、農薬の影響をうけない、奥深い山に田んぼを開墾した。同時に棚田を守り、日本の景色を守っている。 なぜ、そこまでするのか?それは、飯尾社長の軸がおいしい“高くてもお酢を使いたい”お客様の喜びのみを考えているからだ。飯尾醸造所は上面発酵という樽の上面の接触部分で発酵する方法にこだわっており、この方法でお酢を作るにはなんと13ヶ月も要する。強制的に空気に触れさせて酢酸発酵をすすめるとあの豊かな香りと酸のカドがないまろやか味わいにはならないからだ。飯尾醸造所の玄米酢にはだしはいらない。塩だけで料理になる。この時間をかけた醸造で、お酢の中にアミノ酸が含まれ、奥深くうま味が溶け出している。 飯尾醸造所を後にしたあと、宿、“ワインと宿千歳”についた。こちらの宿は今年三ツ星レストランになったフランスのレジス・マルコンオーベルジュで働いていた私の友人、杉本君が家族ぐるみでおつきあいをしている宿である。 ここのオーナーの山崎社長はこの旅館に婿入りし、修学旅行生を受け入れるような日本のどこの観光地にもあるような旅館を“もてなしの宿”、すなわち、オーベルジュに変更し、経営を立てなおされた。八部屋ある客室がほぼ毎日七部屋稼動している人気の宿だ。お客様の使わないスペースとの境にある扉を開けると、かつて、修学旅行生が朝、歯を磨いていた大きな洗面台があり、その面影を現す。 豊富な海の幸をふんだんに使い地域の食材を生かした和をベースにした料理とワインとのマリアージュに日々改良を重ねられている。 山崎社長はワイン商としても有名で、多くのレストランにこだわりのワインを供給している。別館二階のサロンにあるセラーには非常に珍しいビンテージのワインがある。そんなこともあってか、天橋立の対岸に、数年前醸造許可が下りた、天橋立ワイナリーを経営している。そこでは、発酵途中のワインのような葡萄ジュースのようなさわやかなものをお客様に提供している。 山崎社長もまた、旅館業界の異端児と言えるだろう。自分がワインの仕入れなどでフランスを訪れ、喜びを感じたことをお客様に体験して欲しい、そんな思いを具現化しようとしている。あふれるお客様の笑顔に囲まれる山崎社長はいきいきとしたオーラを放っていた。 今、商売の目的がぐらいついている。みんなが市場成長の道を歩んでいたときは簡単だった。みんなが豊かになるためにがんばれば良かった。 売上を上げるために店を増やせばよかった。お客様に不満を与えないようにすればよかった。利益を上げるために数値管理をすればよかった。 でも、市場成長の時代は終わってしまった。いつでも、それなりのものが手に入る便利な世の中になった。もう、拡大という目的では、お客様が喜ばない。 今、大きく世の中が変わろうとしている。でも、ほとんどの人は大きく発想の転換をすることはできない。いやむしろ、今の自分の立場を守ろうとする力学が働いている。その力学によって作られるのが新しく生まれる基準だ。基準は、嘘をつき、お客様に被害を与える悪徳業者から守るという意味では価値がある。しかし、実際は私たちの基準は商業的な要素によって暗黙のうちにできたものが多い。JASの米酢などは最たるものではないだろうか? その基準は、つい最近までは、多くのお客様に豊かな“もの”を与え、物質的に豊かになるために最低限必要だったのだかもしてない。 今、様々な分野で、表示の見直しを行おうとしている。しかし、その基準作りが、売り手の自衛のためにおこなった結果できたものであって、必ずしもお客様のニーズに応えたものではないのではないだろうか。なぜならば、業界の有識者の意見というのは、少なからず、業界の商業的な妥協の上で成り立つ。 そもそも、お客様との信頼関係があれば、基準など必要ない。信用こそが商売の軸である。信用を勝ち取るにはあなたの商売への姿勢がかかっている。あなたが、お客様を喜んでもらおうと思ってした行動の積み重ねや、お客様への配慮があなたとお店にゆるぎない絆を作り上げる。 今こそ、業界の基準を忘れて、あなたの相手にしたいお客様のためにあなたの基準を作ってみてはいかがだろうか?あなたが、主役になってあなたの価値感や信念や大きな夢をお客様に伝える!それこそがポスト外食市場普及時代のキーワードなのだ。 商売の目的は、必ずしも限りない冨を得ることではない。あなたの人生、あなたの家族、そして、あなたの考えを支持してくれるお客様が豊かになる行動をすることが商売の本質なのではないだろうか?そのために、あなたはどう、生きていくのかこれこそが、あなたが今考えなければならないことなのである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.03.29 23:50:11
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