仁錫(イソク)を尾行していたパーシバルは、彼がいかがわしい通りへと入ってゆくのを見て、そっと彼の後を追った。
「お兄さん、あたしらと遊ばない?」
「安くしておくわよ。」
「申し訳ないけれどレディ達、今夜は君達と遊んでいる暇はないんだ。」
パーシバルは、娼婦達を上手くあしらうと、仁錫が入っていった酒場へと向かった。
その中には、ロマの老若男女がそれぞれ酒を飲んでは歌ったり踊ったりと騒いでいた。
「パーシバル、良くわたしを見つけたな?」
「えぇ。あなたが最近、行き先を告げずに何処かへ出かけられるので、後を尾けさせて頂きました。それに、最近あちらのテーブルに座っていらっしゃる方とお会いになられているという噂をお聞きしました。」
「・・流石、わたしの秘書だな。それで?わたしをあの家へ戻すつもりか?」
「いいえ。わたしも、彼らの話を聞いてみたいと思いましてね・・」
「ふふ、お前ならそう言うと思った。」
「ジャックさん、こちらへ。」
「どうも、あんたが、あの優秀な秘書さんかい?」
「おや、わたしの事をご存知なのですね?それならば、今更自己紹介は不要ですね。」
「はは、そうだな。」
ジャックはそう言って笑うと、持っていたワイングラスを高く掲げた。
「あんたのご主人様と会っているのは、この理不尽な社会を変える為さ。」
「・・成程、ロマの人権保護活動にあなたが力を注いでいらっしゃるというのは、確かなようですね。」
「さてと、挨拶も済んだところだし、乾杯といこうか?」
「ええ・・この出会いに、乾杯。」
「乾杯!」
パーシバルは、ジャックと少し話をした後、仁錫と共に酒場から出た。
「すっかり暗くなってしまいましたね。辻馬車を呼んで参りましょう。」
「わかった。」
パーシバルが辻馬車を呼んでいる間、仁錫が夜の喧騒に少し耳を澄ませていると、そこへ一人の少女がやって来た。
「旦那様、お花を・・」
「全部貰おうか。」
「ありがとうございます。旦那様に幸運がありますように!」
「君にもね。」
「イソク様、その花は?」
「可愛い花売りから貰ったのさ。」
「そうですか。酒場での事はわたくしが旦那様には黙っておきますね。」
「あぁ、わかった。」
「あのジャックという方、余り信用出来ませんね。」
「そうか?」
「ええ。」
「お休み。」
「お休みなさいませ。」
仁錫が寝室へと引き上げたのを見届けたパーシバルは、自室で何か考え事をした後、眠った。
翌朝、パーシバルが仁錫の部屋のドアをノックすると、中から反応がなかった。
「イソク様、入りますよ?」
「おはよう、パーシバル。」
そう言った仁錫の声は、少し枯れていた。
「熱がありますね。今日の予定は全てキャンセルに致しましょう。」
「あぁ、頼む・・」
すぐさまパーシバルは医者に仁錫を診て貰うと、彼は軽い肺炎だと診断された。
「喘息がこの寒さの所為で悪化してしまったようですね。」
「そうでしたか。」
「パーシバル、心配を掛けてしまって済まないな。」
「いいえ。イソク様、どうかお身体を治してくださいね。」
「わかった・・」
「イソク様はどうかなさったのかしら?」
「お風邪を召されたそうよ。」
「まぁ、大変!お見舞いに行きませんと!」
「皆さん、そんな事をなさったらかえってイソク様のご迷惑となってしまうわ。」
「まぁ、そうですわね。」
「では、イソク様にお手紙を書きましょう。」
「いいですわね。」
仁錫は、サンクトペテルブルクから届いた椰娜の手紙を読みながら、思わず頬が弛んでしまった。
“あなたの風邪が早く治りますように。キスと愛をこめて、Yより。”
仁錫はすぐに、椰娜への手紙の返事を書き始めた。
“親愛なる姫様へ・・”
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