「子供達のこと?」
ルドルフはそう言ってユリウスを見た。
「あなたがアフロディーテと心中すると決めたことはわかっております。それに、あなたがそう簡単に一度決めたことを変えないことを。」
「何が言いたい?私はオブラートに包むような言い方は嫌いだ。はっきり言え。」
「では言わせていただきます。あなたは産まれてくる子供達を、その手で殺めるおつもりですか?」
一瞬、時が止まったように感じられた。
ルドルフはそっと下腹を撫でると、その手でユリウスの頬を打った。
「私が・・殺せると思うか?いままでやっと、待ち望んできたお前との子を・・わが子を殺せると思うか!?それともお前は、自分の目的の為ならわが子を平気で手にかける人非人だと思っているのか!?」
打たれた頬の痛みに、ユリウスは呻いた。
「お前だけは・・そんなことは絶対に言わないと思っていた・・だがお前は私を裏切り、傷つけた。出て行け、お前の顔など見たくもない!」
ルドルフはそう言ってユリウスにそっぽを向いた。
「失礼・・いたします・・」
ユリウスは病室を出て行った。
その足で彼は、病院の近くにある教会へと向かった。
遥か昔―ルドルフと出会う前からずっと愛用していたロザリオを取り出し、ユリウスは祭壇に向かい、天上におわす神に向かって静かに祈りを捧げた。
(主よ、今日は大切な人を傷つけてしまいました・・言葉は時として人を励まし、時には人を深く傷つける刃となる・・そんなこと充分に解っている筈なのに・・わたしは今日、大切な人を傷つけました・・)
天上にいる神は何も答えない。
自分達は神に背き、多くの人間を虐殺した穢れた存在。
この世に生きてはならぬ化け物。
神が自分達の声など聞いてくれる筈がないーユリウスはそう思い、教会を後にした。
「ユリウスさん?」
背後から声をかけられ、振り向くと、そこには大きな買い物袋を抱えたソロモンが立っていた。
「そうですか・・そんなことが・・」
ソロモンはそう言ってコーヒーを飲んだ。
「わたしは馬鹿なことを言ってしまいました・・あの方が・・ルドルフ様が、子供を道連れにして死ぬことなんて絶対にしない方だとわかっているのに・・。」
脳裏に、ロシアでの悲しい記憶が甦った。
初めて受胎期を迎えたルドルフは、ユリウスとの間に子供を宿したが、その子はこの世に生を享ける前に闇へと葬られてしまった。あれから半世紀以上経っても、あの時の悲しみは未だに癒えることがない。
「あなたは、どうしたいんですか?」
「わたしは・・ルドルフ様と一緒に死ぬつもりです。もしあの方が1人で死ぬと言い出しても、わたしはあの方と一緒に死にます。」
「僕はあなたが羨ましい・・まっすぐにあの方を見つめ続けているあなたが。」
ソロモンはそう言って溜息を吐いた。
「あなたはいつもあの方と一緒だった。あなたは彼に影のように寄り添っていた・・僕はあなたになれたらどんなにいいのかと何度思ったことでしょう。」
「ソロモン・・」
ユリウスは目の前に座っている男の悲しく光るトルマリンの瞳を見た。
「僕はもうお暇するとしましょう。あなたは1人で考えたいことがあるでしょうし。」
ソロモンはそう言って椅子から立ち上がり、リビングを出て行った。
(ソロモン・・わたしはあなたになりたいと何度思ったことか・・ただ純粋にルドルフ様を恋い慕い、自分の想いをぶつけてきたあなたが時々羨ましく思った・・いつも一緒にいるから、互いの距離が近すぎるから、見えないこともある本心を、ルドルフ様はいとも簡単にあなたの前ではさらけ出すことができた・・)
ユリウスはコーヒーカップを洗いながら、静かに冬の空に浮かぶ月を見た。
憂いを帯びた蒼い月が、静かにユリウスの顔を照らした。
その頃、アフロディーテとカエサルはある場所へと来ていた。
「ここが、兄様が“死んだ”場所ね?」
そう言ってアフロディーテは霧の向こうに幽かに見える元狩猟館を眺めた。
「はい。アフロディーテ様、どうしてこんなところに?」
「気分転換よ。」
アフロディーテはそう言って、黒貂の頭を撫でた。
「行きましょうか、カエサル。」
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Last updated
2011.07.26 20:36:21
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