「ルドルフ様、お話があります。」
瑞姫はそう言うと、ルドルフを見た。
「どうしても産むつもりなのか? 父親は・・お前を凌辱した男だぞ?」
「それでも、わたしは産みたいんです。」
瑞姫はそっと下腹を擦った。
その姿を見ていると、ルドルフは何故か苛々した。
遼太郎と蓉を身籠っていた時、彼女がそうしている姿を見ていても、そんなことはなかったのに。
それは自分の子だからだろう。
だが彼女はあの男を―凌辱した男の子を身籠り、愛おしそうに下腹を擦っている。
「わたしは、お前の事を愛している。だが、あいつを許す訳にはいかない。そして、その男の血を受け継いだ子どももな。」
蒼い瞳で射るように瑞姫を見つめながら、ルドルフは下腹を擦っている瑞姫の手を掴んだ。
「どうしても産みたいというのなら、わたしとその子、どちらかを選べ。」
「そんな・・」
突然夫に突き付けられた残酷な選択肢に、瑞姫は動揺した。
「それは・・離婚しろということですか、あなたと?」
「ああ。お前は腹の子とともに何処へでも行けばいい。」
「そんな・・子ども達は、子ども達はどうすれば・・」
「それはわたしが決める。息子達はわたしの・・ハプスブルクの血をひいているからな。」
「嫌です、どちらかを選ぶだなんて・・」
「ではわたしにその子どもを受け入れろというのか!?」
ルドルフの怒鳴り声で、空気が振動した。
「リュウから今回の出産は命に関わるものだと知っていながら、どうして罪の子を・・穢れた血の子を産もうとする?」
「では、わたしが産まれなければ良かったと言いたいんですか?」
俯いていた瑞姫はそう言って顔を上げ、ルドルフを睨んだ。
「わたしは母の命と引き換えに生まれました。半妖という忌まわしく穢れた血を受け継いで。そんなわたしの存在を、あなたは否定するというんですか?」
「違う、そうじゃない。わたしはお前を愛しているから・・」
「いいです。」
瑞姫はそう言うと、ソファから立ち上がりルドルフに背を向けた。
「何処へ行く?」
「暫く距離を置きましょう、ルドルフ様。今までわたし達は近過ぎたんです、距離が。その所為で互いのことが見えなくなっている。」
「待て、ミズキ!」
瑞姫を抱き締めようとした手は、虚空を彷徨った。
その夜、瑞姫は自分の部屋で荷物を纏めていた。
暫くルドルフと距離を置き、腹の子を産むかどうかを考えなければ。
いつでもここから出て行く事が出来るように、瑞姫は荷物を纏めたスーツケースをクローゼットの中に仕舞うと、寝台に寝転がって眠りに就いた。
(ルドルフ様・・わたしはあなたの事を愛しています。それは今でも変わりません。けれど、けれど・・)
遼太郎とルドルフの誕生日を数日後に控え、王宮内はそれを祝うパーティーの準備で忙しくなった。
しかしその準備に、ルドルフの最愛の妻である瑞姫が加わる事はなかった。
「皇太子妃様は体調を崩されておいでだそうよ。」
「もしかして、ご懐妊かしら?」
「有り得るわね。だって皇太子様とは仲睦まじい様子でいらっしゃるし・・それに皇太子妃様の喘ぎ声が皇太子様のお部屋から毎晩のように聞こえてくるんですってよ。」
「皇太子様はシュティファニー様とご結婚なさっていた時よりも少し性格が円くなったとは思わなくて?」
「そりゃぁね、皇太子妃様とシュティファニー様は全然違うから。皇太子妃様は何かと皇太子様をお支えになっておられるし、皇太子様も皇太子妃様のことを慈しんでいらっしゃって、お子様も可愛がっていらっしゃるようだし・・」
女官達の話を聞きながら、ルドルフは溜息を吐いた。
(仲睦まじい、か・・昨夜まではそうだった。だが今は違う。)
仲睦まじい皇太子妃夫妻との間に亀裂が入ったことなど、周囲はまだ知る由もなかった。
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